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⓴ 2022年3月18日  第5次産業革命の本命「バイオものづくり」 CO2排出削減で「水素細菌」脚光:日本社会は研究者を腐らせる?by経済評論家 加谷珪一

 

第5次産業革命の本命「バイオものづくり」

【社説】CO2排出削減で「水素細菌」脚光
2022年3月18日

 二酸化炭素(CO2)を原料として吸収し、化学品原料やたんぱく質などの有用物質を生産する「水素細菌」が再び注目を浴び始めている。石油由来の物質生産より生産過程のCO2排出を削減できるだけでなく、CO2を吸収して有用物質に変換することで大量の炭素を固定化できる可能性がある。実用化できれば地球温暖化対策の切り札になると期待される。

 水素細菌は水素酸化細菌とも呼ばれる。自然界に存在する特殊な細菌で、水素をエネルギー源にCO2を栄養源として取り込む。水素と酸素の反応で生じるエネルギーを利用し、生体内でCO2を有機物に変換しながら自ら増殖する。細菌の遺伝子を改変することで乳酸やエタノールなどの化学品原料、イソブタノールなどのバイオ燃料原料、各種たんぱく質などを効率的に生成できる。

 水素細菌自体は決して新しい技術ではない。1970年代ごろからアカデミアを中心に国内外で数多く研究が続けられてきた。ある文献によるとNASA(米航空宇宙局)は、宇宙での食料として水素細菌由来SCP(微生物たんぱく質)を検討していたという。国内では、三菱化学(現三菱ケミカル)出身で化学工業日報社からも複数の著作を出版している湯川英明氏が、2015年にスタートアップのCO2資源化研究所(東京都江東区)を立ち上げ、実用化に取り組んでいる。

 今なぜ水素細菌なのか。一つはCO2を吸収して資源に変換するという特徴が、カーボンニュートラルという時流にマッチしていることが挙げられる。ただ最大の理由は水素細菌を含むバイオものづくり分野の大きな変革だ。この10年間でDNA合成、ゲノム編集などの合成生物学と、ゲノム解析、IT・AI技術がそれぞれ発展し、より物質生産性を高めた微生物を作れるようになりつつある。

 もう一つの理由は原料。多くのバイオものづくりは植物由来の糖や油脂を原料としており、日本では石油同様に輸入に頼らざるを得なかった。CO2を原料とする水素細菌であれば、その課題を克服できる。エネルギー源に水素を用いることから併せて水素需要を創出、水素社会実現に一役買える可能性もある。

 政府も、経済産業省を中心に水素細菌の実用化へ動き出した。2兆円のグリーンイノベーション基金の新規プロジェクトとして研究開発予算の配分を検討している。数千億円単位の予算が充てられることを期待したい。でなければ合成生物学分野で兆円単位の政府投資・民間投資がなされている米国、中国に対抗していけないであろう。





2022年7月25日 
土の中に普通に存在しているというある“微生物”が、にわかに注目されています。
驚くべき特性をもつとされる、この微生物。ものづくりのあり方を変える可能性を秘めているだけでなく、脱炭素社会の実現に向けたカギも握っているというのです。
いったい何がすごいのでしょうか?
(経済部記者 野中夕加)

脱プラ支える“微生物”
いま、注目されているのがこちらの微生物、名前を「水素細菌」といいます。
大きさは0.002ミリほどで、一般的に土の中に存在しています。
この微生物に注目し、およそ30年にわたって研究開発を続けてきたのが、化学メーカーの「カネカ」です。

この会社では、いま、微生物を使って特殊なプラスチックをつくる事業を本格化させています。

水素細菌は、エサとなる「植物油」を食べさせて培養します。

たっぷり栄養を蓄えさせたあと、その栄養分だけを取り出して、特殊なプラスチックへと加工し、ナイフやフォークなどの原材料として使用するのです。

自然界に存在する微生物から作り出しているため、作られた製品は海水などで分解されます。



時間の経過とともに形がなくなっていくため、石油が原料となる従来のプラスチックと比べると、環境負荷が少ないのが特徴です。

ことし4月に「プラスチック資源循環法」が施行され、使い捨てのプラスチック製品を大量に提供する事業者に、対策が義務づけられる中、外食業界や大手コンビニエンスストア、それに化粧品メーカーなどで導入が進んでいるということです。
あの大手コーヒーチェーンも採用



採用を決めた企業の1つが、大手コーヒーチェーンの「スターバックス コーヒー ジャパン」です。
ことし3月から持ち帰り用のスプーンやナイフなど、カトラリーに使っています。
「以前は化石燃料由来の素材を使っていましたが、できるだけ植物由来のものに変えていこうということで変更しました。100%植物由来であることと、生分解性の要素を併せ持つことが、素材の観点で非常に環境貢献度が高いと評価しました。従来のものと遜色のない使用感でお客様にも受け入れてもらっています」

この会社が、水素細菌から作った特殊なプラスチックの研究開発を始めたのはおよそ30年前。

当時は、試験管の中でわずかな量のものができるだけでしたが、技術の進化や導入する企業が広がったことで、今では年間5000トンを生産できるまでになりました。

今後は生産能力をさらに増強させ、需要が見込まれるヨーロッパなどでの現地生産も検討しているということです。

カネカ 角倉護上級執行役員
「生産性が飛躍的に高くなってきたことで、コストも従来のプラスチックと遜色ないレベルまできています。世界中で使い捨てプラスチックはやめようという機運が高まっている中で、われわれの技術の需要が一気に広がった。今後バイオの力を使ったものづくりはますます活発になり、大きなトレンドになっていくと思います」
二酸化炭素を食べる?
水素細菌は、もう1つ、驚くべき特性をもっています。

“二酸化炭素を食べる”のです。

アメリカの研究者によるある試算によると、サトウキビが光合成によって吸収する二酸化炭素の量と比較すると、水素細菌は65倍もの二酸化炭素を取り込めるといいます。
会社では、水素細菌に植物油の代わりに二酸化炭素をエサとして与えれば、地球温暖化の要因とされ、“やっかいもの”扱いの二酸化炭素の排出量の削減にもつながるのではないかと期待しています。

二酸化炭素を食べた水素細菌から作ったプラスチックの実用化も目指しています。
カネカ 角倉護上級執行役員
「研究所レベルでは植物油から作ったものと全く同じ素材ができると確認できています。何千トン何万トンというレベルに仕上げていかないといけないので、量産化と生産性の向上を早く解決して、実際のものづくりをスタートしたい」
プラスチック以外も作り出せる?
二酸化炭素を食べる水素細菌については、国内外の大学やスタートアップ企業でも研究が進められています。

その1つが、神戸大学です。


この分野を研究する近藤昭彦副学長は、水素細菌は、バイオテクノロジーによって、ものづくりに変革をもたらす、いわば「切り札」になると期待を寄せています。

バイオ技術を駆使すれば、プラスチックだけでなく、繊維や食料、燃料などまで微生物から作り出せる可能性があるというのです。

ただ、この分野でもすでに海外勢との開発競争は活発になっていて、アメリカや中国ではスタートアップ企業に対する投資が拡大しているとのことです。

「微生物に二酸化炭素を食べさせたら、いろいろなものづくりができるということは非常に画期的、革新的だと思いますし、新たな産業も生まれます。そのような意味で、社会課題の解決と経済成長の二兎を追える技術なんです。資源の少ない日本だからこそ、水素細菌を使って二酸化炭素からのものづくりを進めるべきだと思います」

開発競争 勝ち抜けるか
多くの二酸化炭素を排出し、その対応に悩む産業界にとって、二酸化炭素を食べる微生物から作った製品が量産できたら夢のような話です。

ただ、実用化に向けた海外との競争はすでに始まっています。

官も民も最先端の研究に投資を振り向けて、脱炭素に向けた社会変革へとつなげることが出来るのか。

この分野は試金石の1つになりそうです。




22.07.13(水)
微生物×二酸化炭素でものづくり?

2022.07.13(水)
企業・産業

脱炭素社会の実現に向けて、従来の石油に依存したものづくりの見直しが課題になっています。いま研究開発が進められているのが、微生物を使ったものづくりです。将来、二酸化炭素(CO2)の削減にも貢献できると期待されています。

海で分解されるプラスチック 微生物の力で開発
大手コーヒーチェーン「スターバックス」では3月から、持ち帰り用のスプーンなどの素材に、微生物の力で作り出した特殊なプラスチックを使っています。

このプラスチックは海水の中では分解されるなど、環境への負荷が少ないのが特徴です。

プラスチック作りに利用しているのは、1000分の2ミリほどと非常に小さい「水素細菌」と呼ばれる微生物です。



水素細菌は、植物油を与えると、食べて栄養を蓄えます。その栄養分を取り出し特殊なプラスチックに加工しています。
この素材を開発した化学メーカーの「カネカ」は年間5000トンを生産できるとしていて、スプーンやフォーク、ごみ袋など、さまざまな製品に加工しています。

CO2を餌に 「水素細菌」の驚きの特徴
さらに、この微生物には驚きの特徴があります。地球温暖化の要因とされる二酸化炭素も餌にすることができるのです。

化学メーカーでは今後、植物油ではなく二酸化炭素だけを使った製品の実用化を急ぐ考えです。


食料や燃料も作れるようになる?
微生物を使ったものづくりは、将来的には食料や燃料も作り出せる可能性を秘めています。

この分野で最先端の研究を行っている神戸大学の近藤昭彦副学長は、国を挙げて取り組むべきだと話しています。


アメリカや中国も開発競争
水素細菌と二酸化炭素を使ったものづくりは、微生物に二酸化炭素をどう効率よく食べさせるか、コストをどう低く抑えるかなど、さまざまな課題があります。

この分野は中国やアメリカで巨額の投資が行われていて、量産体制に入っているようです。すでに開発競争が激化しています。日本政府も研究開発を積極的に支援していくということです。

(経済部 記者 野中夕加)

【2022年7月13日放送】

脱炭素社会の実現に向けて、いまや世界各国でいかに二酸化炭素の排出を減らすかが大きな課題になっています。
“やっかいもの”扱いされる二酸化炭素ですが、微生物のエサや資源になることをご存じですか?
いかに「出さないか」ではなく、いかに「利用するか」。逆転の発想の技術開発、その最前線に迫ります。
(経済部記者 野中夕加・室蘭局記者 臼杵良)

二酸化炭素を食べる?
こちらの微生物。
名前を水素細菌といいます。


サイズは、2マイクロメートル、0.002ミリほどの大きさで、土の中であればどこにでも存在しています。

最大の特徴は二酸化炭素をエサにするという点です。

その吸収力も抜群です。

サトウキビが光合成によって吸収する二酸化炭素の量と比較すると、水素細菌は65倍もの二酸化炭素を取り込めるという試算もあります。

この分野で最先端の研究を行っている神戸大学です。

研究の第一人者として知られる近藤昭彦副学長は可能性の高さをこう指摘します。
原理的には何でも作れるので、ポテンシャルは非常に大きい」

研究は大きく進まず

水素細菌は1960年代にNASA=アメリカ航空宇宙局がたんぱく質を宇宙でつくることができないか研究に取り組むなど、昔からその可能性は知られていました。
しかし、二酸化炭素を効率的に吸収させる技術が十分に確立されていなかったことなどから、研究開発が大きく進むことはありませんでした。

また、今のように世界的に脱炭素の機運が高まっていなかったことも影響しているといわれています。

バイオ技術の進化が可能性広げる
それが今、深刻な地球温暖化と待ったなしの対策が求められる時代に。

そしてなんといってもバイオテクノロジーの技術向上が追い風になりました。


微生物の遺伝子を操作するなど技術の進化によって水素細菌自体を改良して二酸化炭素を吸収しやすくし、そこからプラスチックなどをつくることが可能になりつつあるのです。

しかも、その一連の工程を機械によって自動化することで大幅に効率がアップし、産業レベルでこの微生物を使える可能性が高まっています。

実験繰り返し効率化へ
どのように水素細菌に二酸化炭素を食べてもらい、それを有効活用するのか。

その仕組みです。

神戸大学の研究室を訪ねると、フラスコでの培養が行われていました。


塩水のなかに水素細菌を入れ、そこに水素と酸素、二酸化炭素を8:1:1の割合で注入します。

注入する速度などの条件を変えながら、どの条件のもとで培養すればより効率的に物質を生産できるか実験を繰り返しています。

こうした技術開発が、今後メーカーがプラスチックやたんぱく質を生産する際に役立つことが期待されています。

二兎追えるイノベーション

近藤副学長は、「経済成長と社会課題の解決の二兎を追えるイノベーション」だとして、国をあげてこの分野を育てていくべきだと指摘しています。
「バイオテクノロジーで新たな産業を生むことができるのです。
微生物を使ってプラスチックなどいろいろなものをつくれば、新しい価値を生み出しながら社会課題を解決できる。
例えば、薬を作ることもできるなどいろいろなところに展開可能な基盤となり、新たな産業を育てていくことができる」


海外はすでに先手

すでにアメリカや中国では、この分野で大規模な投資が行われ開発競争が激しくなっています。

中国では、政府がバイオテクノロジーの研究開発に10兆円を超える資金支援を行っているほか、スタートアップ企業、民間投資も活発になっています。

アメリカでも、この分野に兆単位の金額の投資が行われ、スタートアップ企業、「エア・プロテイン」は、水素細菌でたんぱく質を生産し、それを代替肉として食べられる技術を開発しています。

日本政府も支援に乗り出すが・・国のプロジェクト予算の総額は上限 1,767 億円


各国に追いつこうと、日本政府も重い腰を上げました。

ことし2023年3月、水素細菌など微生物の研究開発に積極的な資金支援を行う方針を表明。

大学などの研究機関と民間企業との連携を推し進めようとしています。

2023年4月には、萩生田経済産業大臣、岸田総理大臣が相次いで神戸大学の研究施設を視察し、バイオに力を注ぐ姿勢を鮮明にしました。

小さな小さな微生物が持つ大きな可能性。

その開発を効率的に進め、実際のモノの生産につなげられるよう政府も後押ししようとしています。

二酸化炭素を混ぜてコンクリートに

一方、“やっかいもの”の二酸化炭素を吸収させてコンクリートをつくる取り組みも始まっています。

北海道苫小牧市に本社がある「會澤高圧コンクリート」は、カナダの企業と契約を結び、コンクリートの製造過程で二酸化炭素を混ぜる技術を導入。

日本で初めて低炭素コンクリートの実用化に成功しました。

セメントの量を減らせる?
コンクリートは通常、セメント・水・砂利などを混ぜて作ります。

この過程で液化した二酸化炭素を混ぜ込むと、コンクリートの中に炭酸カルシウムが作られ、会社では、強度が通常のものに比べて7%高まったとしています。
コンクリートに混ぜる二酸化炭素は少量ではありますが、炭酸カルシウムの効果で強度が高まれば、セメントの量自体を減らすことができるといいます。

「コンクリートの製造過程で排出される二酸化炭素の約9割は、セメントの製造時に発生します。
つまり、セメントの削減は二酸化炭素の削減に直結します。
今後、主力製品をすべて低炭素コンクリートに置き換えられれば、年間710トンの二酸化炭素が削減できます。
これは杉の木およそ8万本が年間に吸収する量と同じなので、かなりの効果になります」
現在、低炭素コンクリートの技術を導入しているのは、あらかじめ工場で作る既製品だけです。

将来は、建設現場でもコンクリートを固める作業ができるようにしたい考えです。

これができるようになると、鉄筋コンクリートの建物にも低炭素コンクリートを使えるようになるなど、用途が広がるということです。

會澤高圧コンクリート アイザワ技術研究所 青木所長
「日本ではSDGsが浸透してきたこともあり、ハウスメーカーや消費者の脱炭素への意識も高い。
価格も通常のコンクリートとほとんど変わらないため、採用したいという声が多く寄せられています」

建設大手「大成建設」も参入

コンクリートの原材料として二酸化炭素を使う動きは建設大手にも広がり始めています。

大成建設は去年、炭酸カルシウムを活用することで、セメントを使わないコンクリートを開発。
今月には、自動車部品メーカーのアイシンと提携し、排ガスに含まれる二酸化炭素から炭酸カルシウムをつくり、コンクリートに利用する技術の開発を始めました。

この技術は2030年ごろまでの実用化を目指しています。

排ガスの二酸化炭素を使う上に、製造過程で二酸化炭素を多く排出するセメントを使わないことで、二酸化炭素の利用量が排出量を上回る可能性もあるといいます。

課題もあるが、大きなチャンス
二酸化炭素を原料とする水素細菌にコンクリート。

夢のある話ですが、もちろん課題もあります。

いかに安定的に二酸化炭素を調達するのか。

コンクリートのケースでは、コストを抑えるために苫小牧市で、二酸化炭素の排出量と使用量が多い産業を特定地域に集約させる仕組みづくりが議論されています。

やっかいものとはいえ、二酸化炭素の回収には費用もかかるからです。

また、水素細菌の場合、ビジネスとして成り立つ水準までいかに効率化やコスト削減が進められるのかが大きな課題として立ちはだかります。

国際的な競争力をつけるには、企業の開発意欲と継続的な投資、そして政府の効果的な資金支援が一体となる必要があります。
いかに「出さないか」ではなく、いかに「利用するか」という逆転の発想で石油に依存した今のものづくりを大きく変えるチャンスになる可能性を感じました。


【社説】CO2排出削減で「水素細菌」再脚光
2022年3月18日
  
 二酸化炭素(CO2)を原料として吸収し、化学品原料やたんぱく質などの有用物質を生産する「水素細菌」が再び注目を浴び始めている。石油由来の物質生産より生産過程のCO2排出を削減できるだけでなく、CO2を吸収して有用物質に変換することで大量の炭素を固定化できる可能性がある。実用化できれば地球温暖化対策の切り札になると期待される。

 水素細菌は水素酸化細菌とも呼ばれる。自然界に存在する特殊な細菌で、水素をエネルギー源にCO2を栄養源として取り込む。水素と酸素の反応で生じるエネルギーを利用し、生体内でCO2を有機物に変換しながら自ら増殖する。細菌の遺伝子を改変することで乳酸やエタノールなどの化学品原料、イソブタノールなどのバイオ燃料原料、各種たんぱく質などを効率的に生成できる。

 水素細菌自体は決して新しい技術ではない。1970年代ごろからアカデミアを中心に国内外で数多く研究が続けられてきた。ある文献によるとNASA(米航空宇宙局)は、宇宙での食料として水素細菌由来SCP(微生物たんぱく質)を検討していたという。国内では、三菱化学(現三菱ケミカル)出身で化学工業日報社からも複数の著作を出版している湯川英明氏が、2015年にスタートアップのCO2資源化研究所(東京都江東区)を立ち上げ、実用化に取り組んでいる。

 今なぜ水素細菌なのか。一つはCO2を吸収して資源に変換するという特徴が、カーボンニュートラルという時流にマッチしていることが挙げられる。ただ最大の理由は水素細菌を含むバイオものづくり分野の大きな変革だ。この10年間でDNA合成、ゲノム編集などの合成生物学と、ゲノム解析、IT・AI技術がそれぞれ発展し、より物質生産性を高めた微生物を作れるようになりつつある。

 もう一つの理由は原料。多くのバイオものづくりは植物由来の糖や油脂を原料としており、日本では石油同様に輸入に頼らざるを得なかった。CO2を原料とする水素細菌であれば、その課題を克服できる。エネルギー源に水素を用いることから併せて水素需要を創出、水素社会実現に一役買える可能性もある。

 政府も、経済産業省を中心に水素細菌の実用化へ動き出した。2兆円のグリーンイノベーション基金の新規プロジェクトとして研究開発予算の配分を検討している。数千億円単位の予算が充てられることを期待したい。でなければ合成生物学分野で兆円単位の政府投資・民間投資がなされている米国、中国に対抗していけないであろう。


世界初、CO2を食べて育つUCDI水素菌により、脱石油100%の「CO2ポリエチレン」生産が実現へ
株式会社CO2資源化研究所
2019年5月30日

 東大発ベンチャー 株式会社CO2資源化研究所(本社:東京都港区、代表取締役/農学博士 湯川英明)は、今回、ポリエチレンの原料となるエタノールを、世界で初めてCO2から製造する特許を取得いたしました。(特許第6485828号)

 ポリエチレンとは、身近にはスーパーのポリ袋や食品トレーなどに使われている原料で、現在はその殆どが石油由来のため、地球にとって大きな課題となっています。これに対し、当社の「CO2ポリエチレン」は脱石油100%で世界初の画期的な素材です。地球の未来の為に、更なる技術開発を加速し、脱石油社会の実現に貢献すべく産業化を図って参ります。

      特許第6485828号
      発明の名称:ヒドロゲノフィラス属細菌形質転換体
      出願番号:特願2018-192926
      出願日:2018年 6月25日
      登録日:2019年3月1日


 当社は、CO2(二酸化炭素)を栄養源として、24 時間で 1 個体が 1600 万個に増殖する「UCDI水素菌」を核に、革新的なバイオ技術を高度に利用し、研究開発と産業化を進めています。(1)Biofeeds(水産養殖などの飼料用動物性たんぱく素材)(2)高機能プロテイン(3)バイオジェット燃料(4)化学品(生分解性プラスティック等)の4事業分野において食糧問題解決と脱石油社会の実現に貢献します。
 なお、本特許は、2018年12月に取得したバイオジェット燃料の原料となるイソブタノール製造特許に続くものです。(http://www.co2.co.jp/pdf/20190227_UCDI_release.pdf)
【会社概要】

社  名 :株式会社 CO2 資源化研究所 http://www.co2.co.jp
設  立 :2015年8月12日  
資本金/資本準備金:1億6,290万円
本  社 :東京都港区芝5-13-15 芝三田森ビル6階
研究拠点 :本郷リサーチセンター  東京都文京区弥生2-11-16 東京大学工学部12号館4階
経 営 陣:代表取締役社長 湯川 英明   取締役 湯川 智子   執行役員 前田浩 、別府節子
顧   問:最高顧問 兒玉  徹  (東京大学名誉教授)
      特別顧問 永井 和夫(東京工業大学名誉教授) 
                   高瀬 光徳(元 森永乳業株式会社常務取締役)
                   芳賀 正明(元 日本航空株式会社常務取締役)
      Science Adviser, F. Blaine Metting, Jr., Ph.D.
                Consultant in Microbial Biotechnology & Carbon Sequestration
      Business Strategy Advisor, Dr.Alain Vertès
                Managing Director at NxR Biotechnologies


【主な協力企業・連携機関】

株式会社大林組 
株式会社クリーク·アンド·リバー社
大陽日酸株式会社
パナソニック株式会社
森永乳業株式会社         

近畿大学水産研究所大島実験場 
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻応用微生物学研究室
                                                                                       (五十音順)

発表者名:
・独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター
・国立大学法人東京大学 大学院 農学生命科学研究科
・国立大学法人京都大学
・国立大学法人茨城大学
・国立研究開発法人海洋研究開発機構
・大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
・大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 ライフサイエンス統合データベースセンター
・bitBiome株式会社

 
資料の概要:
 NITE(ナイト)[独立行政法人製品評価技術基盤機構 理事長:長谷川 史彦、所在地:東京都渋谷区西原]、国立大学法人東京大学[総長:藤井 輝夫、所在地:東京都文京区本郷]、国立大学法人京都大学[総長:湊 長博、所在地:京都府京都市左京区吉田本町]、国立大学法人茨城大学[学長:太田 寛行、所在地:茨城県水戸市文京]、JAMSTEC[国立研究開発法人海洋研究開発機構 理事長:大和 裕幸、所在地:神奈川県横須賀市夏島町]、大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所(以下、遺伝研)[所長:花岡 文雄、所在地:静岡県三島市谷田]、DBCLS[大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 ライフサイエンス統合データベースセンター センター長:小原 雄治、所在地:千葉県柏市若柴]、及びbitBiome株式会社[代表取締役社長CEO 鈴木 悠司、所在地:東京都新宿区西早稲田]は、共同で国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業「バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」プロジェクト※1 に参画し、「CO2固定微生物利活用プラットフォームの構築」事業を開始しました。

 本事業では、二酸化炭素(CO2)を原料とした有用物質の生産に寄与する多種多様な微生物とその関連情報(生育条件、ゲノム情報、有用遺伝子情報等)を整備するとともに、それらを利活用できるプラットフォームを構築し公開します。このプラットフォームを活用することで、産業界はCO2を直接原料とした微生物によるバイオものづくりの開発スピードを加速できます。


 我が国は、2050年までにCO2などの温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする“2050年カーボンニュートラル”を宣言し、これを実現するための産業政策を日本の成長戦略として位置づけています。こうした中で、水素酸化細菌などCO2を直接利用する微生物によって工業製品の素材等を生産する“バイオものづくり”が注目されています(図1)。
 しかしながら、現在、CO2を直接利用する特定の微生物についての基礎研究や実用化研究が世界的に行われているものの、社会実装につながる開発にはいまだ課題が多い状況です。その理由の一つに、産業利用できる微生物が少ないことと、利活用に有用と思われる遺伝子情報等が十分整備されていないことが挙げられます。

 これらの課題解決に貢献するため、NITE、東京大学、京都大学、茨城大学、JAMSTEC、遺伝研、DBCLS及びbitBiome株式会社は、共同でNEDOのグリーンイノベーション基金事業「バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」プロジェクトに参画します。

 具体的には、CO2を利用して生育できる多種多様な微生物を収集して約1,000株を提供できる体制を構築することを目指します。また、各参画機関の強みを活かし、CO2を原料として利用するために必要な遺伝子情報や機能情報を整備するとともに、これらの情報の利活用を支援する情報検索ツールも併せて開発します。さらに、本事業で得た微生物情報及びその関連情報と、開発した検索ツールを一元的に収載した「CO2固定微生物利活用プラットフォーム」を構築し、公開します(図2)。

 このプラットフォームにより、産業界が活用できるCO2を直接利用する微生物の選択肢が増えるとともに、有用物質の生産を効率化するために必要な微生物関連情報(ゲノム情報、培養条件、代謝系情報等)をワンストップで検索することができるようになります。これにより、バイオものづくりの開発期間を大幅に短縮することができるようになります。

 
○出展・説明
※1
グリーンイノベーション基金事業「バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」プロジェクト
 NEDOがグリーンイノベーション基金事業の一環として着手したプロジェクトで、「有用微生物の開発を加速する微生物等改変プラットフォーム技術の高度化」、「CO2を原料に物質生産できる微生物等の開発・改良」、「CO2を原料に物質生産できる微生物等による製造技術等の開発・実証」の実現を目指して研究開発・実証を行う。
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101619.html別ウィンドウで開きます


 

 

 

 

 

グリーンイノベーション基金事業

 

「バイオものづくり技術による

CO2 を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画

 

 


令和4年 10 月 27 経済産業省

商務・サービスグループ



1.   背景・目的

      カーボンリサイクルにおけるバイオものづくり技術の重要性と課題解決の方向性

      バイオものづくり技術を利用したカーボンリサイクルは、バイオマス資源や大気中等の CO2 を原料として、バイオプラスチックや機能性素材などの化学品、燃料、タンパク質や飼料等の食品を生産する取組である。炭素の固定経路としては、大きく①バイオマス資源利用によるCO2 の資源化、②植物による CO2 の直接資源化、③微生物による CO2 の直接資源化といった3類型が存在する。ゲノム編集、ゲノム構築等再先端のバイオ技術を適用することで、今後大幅な生産性の向上が期待できることから、バイオものづくりはカーボンニュートラル社会の実現に向けた有力な選択肢のひとつといえる。

      日本の部門別 CO排出量(電気・熱配分後)のうち、製造業・工学プロセスが占める割合は 36.7%。このうち、特にバイオものづくりに関連する化学、繊維、食品飲料からは 21.9%の年間 8,901.7 万トンの CO2 が排出されており1、これらの業種についてはバイオものづくり技術による CO排出削減への貢献が期待できる。

      バイオものづくりに関心が集まる背景として、直近 10 年でゲノム合成、ゲノム編集等の技術革新により、合成生物学が急速に台頭していることがある。さらに、ゲノム解析、ITAI 技術の進展とあいまって、バイオ×デジタルの潮流が加速し、ゲノムと代謝物の関係を明らかにできるようになった。その結果、高度にゲノムがデザインされ、物質生産性を高度に高めた細胞(スマートセルを利用することにより、インプットとアウトプットのバリエーションを大幅に拡大した新たな物質生産プロセスを利用することが可能となりつつある(バイオものづくり革命)。

      OECD や米国のシンクタンクが実施した試算によると、細胞内分子や細胞、臓器を活用して物質生産するバイオエコノミーの世界市場は、2030 年には 200 兆円に成長すると予測しており22040 年には、高位予測のケースでは 400 兆円に達するとの予測も出ている3。また、バイオ技術の利用は農林水産、健康医療分野で先行したが、今後は、素材やエネルギー、食品などの分野でも高い成長が予測されている。

      合成生物学でトップを走る米国産業界では、近年、IT 業界実業家や VC が合成生物学ベンチャー企業に積極的に投資を行い、ポスト第四次産業革命を担うバイオベンチャーが続々と誕生している。2021 年にはバイオベンチャーに対する投資額が前年度比で倍増し、年間 178 億ドル(=約 2 兆円)の投資を集めている4。バイオベンチャーのうち、特に急速に資金調達額を伸ばしているのは、微生物等改変プラットフォーム事業者である。

      バイオものづくりでは、上流の微生物等開発では、AI・ロボットを用いた効率的な微生物等改


1 国立環境研究所「温室効果ガスインベントリ(2019 年確報値)」より

2 OECD The Bioeconomy to 2030」より

3 2020 McKinsey Global Institute Analysis」より

4 SynBioBeta 4Q 2021 Synthetic Biology Venture Investment Report」 より


変プラットフォーム技術、下流の発酵生産では、培養・精製技術の高度化といった、バリューチェーンの段階に応じて全く異なる高度な技術・設備が必要となる。このため、今後のバイオものづくり産業は、水平分業化が進展し、それぞれの基盤技術を確保したプレーヤーが付加価値の源泉を握ることが予測される。

      米国の微生物等改変プラットフォーム事業者等とも競争・連携できるような事業者を国として育成していくことは重要であるが、担い手となる国内事業者は萌芽段階であり、現状では海外事業者との間に大きな差がある。こうした微生物等改変プラットフォーム事業者に対して、異分野事業者等からの投資や微生物等改変のノウハウなどが集約するように国として先行的かつ重点的に投資を行っていく。他方で日本の得意分野/不得意分野を上手く使い分けることも重要であり、特に日本が苦手な分野については、海外事業者との協力により進めることも妨げない。

      また、我が国は、南北に長い領土から生まれる多様な環境や、火山や深海といった極限環境を有し、そのような幅広い条件下に生息する微生物がいることから、バイオものづくりの上流工程で重要となるゲノム情報のバリエーションが豊かであると考えられる。さらに、悠久の歴史を持つ発酵・醸造産業を有しており、下流工程で重要となる大量発酵生産技術についても数多くの実績を持った事業者が存在していることから、独自の強みを生かせることが見込まれる。

      本プロジェクトでは、こうした認識の下、革新的な素材や燃料などの異分野事業者との共同開発の促進等を通じて、バイオものづくりの中核を担う微生物等改変プラットフォーム事業者と大規模発酵生産とバイオものづくり製品の生産を担う製造事業者・事業会社の育成・強化を図るとともに、プラットフォーム事業者による高効率な微生物開発技術を活用することで微生物等が持つCO2 固定能力を最大限に引き出し、バイオマス原料を用いないCO2 を原料としたバイオものづくりによりカーボンリサイクルを推進するために必要となる各要素の技術的な課題の解決を図る。さらに、原料の CO2 供給から製品製造までのバリューチェーンを構築し、商用生産までのスケールアップや製造技術の高度化を推進することで、CO2 を原料とした新しいバイオものづくり製品の社会実装とCO2 の資源化による産業構造の変革を目指す。

      本プロジェクトを取りまく現状と課題解決の具体的方策

      化学プロセスは、800℃以上の高温高圧条件のプロセス5を経てものづくりが行われる場合が多いが、バイオプロセスでは、自然条件下(常温常圧下)でものづくりが進行し、CO2 排出量の削減が期待できるが利点となる。また、バイオものづくりでは、化学プロセスとは違い一般的に多段階の反応を重ねる必要がないので、炭素数の多い複雑な物質生産ほど競争力が高いという特徴がある。

      原料面では、従来、バイオものづくりは主にバイオマス資源由来の糖や油脂を原料として用いて行われてきたが、 2050 年カーボンニュートラルの実現に寄与する観点からは、 CO2 を吸収


5 石油化学工業協会「石油化学工業の現状 2020 年」より


して、直接原料として利用する新しいバイオものづくりに発展させることが重要である。CO2 の直接原料化により、バイオマス資源利用の場合と比べて、①CO2 固定効率を 2 桁以上向上できるポテンシャルがある6、②狭い空間で原料生産や物質転換を行うことができるという利点がある。また、国内の発電所や工場等から排出される CO2 を効率よく利用できるようになれば、国内での炭素固定化や輸送時の CO2 排出削減にも寄与できる可能性がある。

      一部の独立栄養細菌は、藻類(ラン藻)と比較して 5070 倍高い炭素固定能力を持つ報告もある7ことから、 CO2 の吸収源として有望。独立栄養細菌の中でも水素酸化細菌は、光エネルギーに依存せず、水素の化学エネルギーによって COを固定できるため、高速・高密度の培養が可能であり、産業化へのポテンシャルも高い。化石資源由来の物質生産と比べて、生産過程におけるCO2 排出を削減するだけでなく、CO2 を吸収するダブルの効果により、排出量が大幅に削減される可能性がある。

      一方、バイオ技術により生産できる物質数を増やすためには、目的物質ごとに最適化された微生物の生産株・生産技術を開発する必要がある。特に、水素酸化細菌をはじめとする、CO2を直接原料利用する微生物に関しては、これまで多様な物質生産に対して本格的に商用利用された実績はなく、最適な代謝経路を持つ有用微生物の開発や、当該有用微生物を発酵生産し、分離・精製するための技術を新たに開発する必要がある微生物・目的に応じてばらつきがあるが、TRL レベル2~4相当8のものが多い。)

      バイオものづくりに関わるステークホルダーは多様であり、微生物等改変プラットフォーム技術の開発は主に大学、微生物等改変プラットフォーム事業者主にベンチャー、有用微生物の設計・開発は微生物等改変プラットフォーム事業者と事業会社との協業、物質生産段階では事業会社とプラント会社・エンジニアリング会社等の協業が想定される。また、物質生産段階では、発酵生産の実証を行った結果として、微生物の生産効率性やロバスト性熱、酸性度、攪拌による衝撃への耐性)が課題となることも多く、その場合は有用微生物の開発にフィードバックを行い、より生産に適した微生物の改変を施す必要があるなど、段階間の相互連携も重要な要素となる。

      2030 年までの本プロジェクトを進める中で、バイオものづくりのバリューチェーン全体を見渡し、諸外国の動向も見ながら、どの部分に日本として将来的にフォーカスすべきかを見定めていくことは重要である。どういった事業分野に重点を置くかという戦略については、ユーザーのニーズや諸外国企業との競合状況も踏まえて事業者の自由な発想に委ね、現時点での強みにとらわれずに進めて行くことが重要である。

      主な技術開発要素と本プロジェクトにおける具体的な取組は以下の通りである。なお、バイオものづくりの社会実装に際しては、技術開発・実証に加えて、サステイナブルな製品としてのバ


6 Metabolic Engineering 62 (2020) 207 より

7 三菱総合研究所 「微生物の機能を活用したCO2 固定化の検討」 No341999 より

8 IEA の TRL11 段階)指標に基づく。TRL レベル2はコンセプト・アプリケーションの明確化、TRL レベル3は概念検証、TRL レベル4は初期プロトタイプ(実験室レベル)。


イオ製品の位置づけの確立を進める必要がある。本プロジェクトでは、関連する制度面の検討と並行して、評価手法・表示方法の標準化等に必要なデータ収集や手法開発等についても実施する。

 

① 有用微生物等の開発を加速する微生物等改変プラットフォーム技術の高度化

      微生物等9による物質生産を効率的に行うためには、製造しようとする特定の物質の種類ごとに、当該物質の製造に最適化されて極限まで生産性が高められた微生物株を開発することが必要である。しかしながら現状では、各物質に最適化された微生物株が少ないこと、微生物株の開発1件当たりに必要な時間・コストが極めて大きく、その結果として生産できる化学品の種類も限定的である。

      有用微生物の開発を迅速かつ効率的に行うためには、AI やロボティクス等のデジタル技術を最大限に活用して、生物のゲノムや代謝経路情報を基に目的の機能を発現する遺伝子を設計・合成し(デザイン:D、合成した遺伝子を搭載した微生物を作りビルド:B、搭載した遺伝子が目的の機能を発現したかテストしテスト:T、得られたデータを学習・分析し、代謝経路の設計等に反映させる(ラーン:L一連のサイクルDBTL サイクル高速で行うことが重要である。

      特に、効率的な微生物開発を行うためには、多種多様な微生物がもつゲノム配列を解読して、ゲノム配列から特定の物質を効率的に生産する代謝経路に関係する部分を発見し、ゲノム配列の改変につなげていくための AI 活用、微生物ライブラリ・代謝物ライブラリ10の拡充が重要である。また、ゲノム構築、微生物の構築、代謝物データ収集等は、実験室で試薬や培地 を用いた生物化学的な実験を、多い場合には数万回にもわたって繰り返す必要があり、長い場合には 10 年以上といった非常に多くの時間と費用を要することから、ロボティクス技術、自動でデータを収集するセンシング技術、収集したデータを統合処理するためのシステム開発等も重要である。

      本研究開発項目では、上記の課題を解決するため、バイオの基盤技術と ITAI 等のデジタル技術やロボティクス等の自動化技術を統合した微生物等改変プラットフォーム技術の開発支援を行うことで、DBTL サイクルをより高速に回転させ、高効率に CO2 を吸収・固定化し物質を生産する有用微生物の種類の拡大と、改変に要する時間・費用の低減に資することを目指す。

② CO2 を原料に物質生産できる有用な微生物等の開発・改良

      微生物による物質生産を効率的に行うためには、製造しようとする特定の物質の種類ごとに、


9 微生物等とは、微生物、動物細胞、植物細胞、ウイルスとする。なお、CO2 の固定を目的とした酵素の開発について行うものも本プロジェクトの対象とする。

10 微生物ライブラリ・代謝物ライブラリとは、微生物そのもの(菌体)、微生物の遺伝子配列等のゲノム、微生物が代謝した結果として排

出される化合物のデータが集積したライブラリのことである。


当該物質の生産のために代謝経路等が最適化されて、生産性が高められた微生物株を開発することが必要である。

      CO2 を原料として吸収・固定化し物質生産できる微生物の開発については、大きく2つのアプローチ方法が考えられる。一つは、多数の微生物の中から効率的に CO2 を吸収・固定化し物質を生産する代謝経路を持つ微生物水素酸化細菌、光合成細菌等を選択するとともに、さらに当該微生物にゲノム編集・遺伝子改変等を行うことにより、従来よりも物質生産効率能が高い産業用微生物を開発するアプローチである。もう一つは、CO2 を吸収・固定化し物質を生産する代謝経路を持たないものの目的物質の効率的な生産ができる有用な微生物(大腸菌、枯草菌等を活用して、当該微生物にゲノム編集・遺伝子改変等の技術によって CO2 を吸収・固定化し物質を生産する代謝経路を新たに組み込み、商用化可能な産業用微生物を開発するアプローチである。

      本研究開発項目では、バイオものづくりの中核を担う微生物等改変プラットフォーム事業者と革新的な素材や燃料などの異分野事業者との共同開発の促進等を通じて、製造しようとする特定の物質の種類ごとに、物質生産をするための代謝経路等が最適化されて、生産性が高められた微生物株を開発する。

 

③ CO2 を原料に物質生産できる微生物等による製造技術等の開発・実証

    一般に微生物の培養条件は、小規模なラボスケール(試験管レベル数十L、比較的小規模なベンチスケール数十~数百L)と、中規模のパイロットスケール(数千~数万 L商用レベルの生産で必要な大規模デモンストレーションスケール(数万~数十万L)では大 きく異なるため、段階的にスケールアップをしつつ、培養条件の最適化を順次進めていく必要がある。

    通常の微生物による物質生産では、バイオマス資源由来の糖グルコース等の炭素原料を溶かした液体培地中で、微生物を培養する。一方、COを炭素原料として使用して物質生産を行うには、従来とは異なる供給方法の炭素原料や還元力を用いる微生物株を培養する必要があることから、必然的にその培養方法も異なり、新たに開発する必要がある。また、本事業で生産する物質は、原料とその代謝プロセスである反応系が異なるため、微生物の断片や培地等が混濁した液体から目的物質を回収するための、生産物質ごとに最適化された分離・精製技術の開発が求められる。生産された物質を産業利用するためには、最終製品も念頭に置いた素材加工技術・品質評価手法の開発も必要となる。

 さらに、バイオものづくりの生産プロセスについては統一的な LCA 評価手法が未確立であり、 CO削減効果を容易に見通せないという課題があることから、物質生産実証の際には LCA評価手法の開発やCO2 固定量の評価などの標準化にかかる開発も行う。

 

      関連基金プロジェクトと既存事業              関連基金プロジェクト


      「大規模水素サプライチェーンの構築」プロジェクトなど

CO2 固定機能を持つ有用微生物の一部(水素酸化細菌等は原料の一部として水素を活用するため、安価な水素が安定的に供給される体制が確立されることが重要な要素となり得る。本プロジェクトの実施体制として、水素供給源を持つ事業者自身のプロジェクト参画や、プロジェクト外での有機的な連携等により、バリューチェーン構築の円滑化を図ることが重要で ある。

      CO2 の分離・回収等技術開発」プロジェクト

COを直接原料としたバイオものづくり技術による GHG 削減効果を最大化させるためには、工場、発電所、焼却所等から排出される CO2 の原料化に加えて、大気から回収したCO2 の原料化が必要となり、CO2 の分離・回収技術は不可欠である。

 

      既存事業

      以下の予算事業を通じて、特にバイオマス資源を活用するバイオものづくりを推進するため、グローバルバイオコミュニティの中核的な拠点としてバイオファウンドリ生産実証拠点を整備するとともに、同拠点を半公共的な共用拠点として大学・ベンチャー・民間企業等の利用のために供することを通じて、有用微生物の開発・生産を推進している。

 

【予算事業】

      カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発事業(令和3年度~令 8 年度、令和4年度予算 29.6 億円)

 

 

      グリーン成長戦略の実行計画における記載(抜粋

③ カーボンリサイクル化学品(人工光合成等によるプラスチック原料

 

)バイオものづくり技術の活用

<現状と課題>

バイオものづくり技術は、カーボンリサイクル技術のひとつであり、ゲノム編集等により機能を高めた微生物等を用いて、バイオマス資源や大気中の CO2 を原料として、バイオプラスチックや機能性素材等の化学品を生産することが可能である。また、常温・常圧の生産プロセスによる省エネルギー効果や、動物由来繊維に変えて人工繊維等を製造すること等による家畜の生産段階の排出削減効果等も期待される。

バイオマス資源を用いたバイオものづくりは、既存の化学品に比べてコストが高いこと、生産できる化学品の種類が限定的であること等が課題である。また、大気中のCO2 を原料とするバイオものづくりは、商用化を見据えた研究開発を行っている事例もあるものの、効率的な物質生産が可能な遺伝子改変微生物等の開発や培養技術など、要素技術の開発が課題である。


 

<今後の取組>

バイオマス資源を用いたバイオものづくりについては、ゲノム編集等による産業用の微生物等の開発、AI 等による効率的な生産プロセスの開発・実証などを実施する。今後 10 年間の集中的な取組により低コスト化を進め、2035 年までに商業ベースで生産可能な化学品の種類・機能を拡大する。大気中の CO2 を原料とするバイオものづくりについては、培養に適した微生物株の開発等により、基盤技術を確立し、2040 年頃からの実用化を目指す。


2.   目標

      アウトプット

      研究開発の目標

1.      2030 年までに、DBTL サイクルの 1 サイクルあたりの時間を短縮するための技術開発、さらに、サイクル回数を削減しコストを低減する技術を確立し、有用微生物の開発期間を最大1/10程度に短縮する技術を確立。

2.      2030 年までに、一般的な天然株と比較して物質生産機能または CO2 固定化能を5倍程度11向上させ、商用レベルで物質生産できる微生物(商用株)を開発、もしくは既に物質生産機能または CO2 固定化能の高い微生物にゲノム編集等を行って生産機能等を保ちながら従来とは異なる原料・目的物質を利用可能な微生物

(商用株)を開発。

3.      2030 年までに、微生物等を用いて、COを原料として生産した物質の製造コストが、2030 年時点の代替候補の製品の 1.2 倍以下となる技術を開発。

 

(目標設定の考え方

1.      効率的な微生物開発を行うためには、①微生物ライブラリ・代謝物データ等のデータベースの拡充12AI などのデジタル技術を用いて、多種多様な微生物がもつゲノム配列を解読して、特定物質の効率的な生産に関連する代謝経路等との関係を明らかにし、効率的なゲノム設計・微生物設計に反映するためのシステム・アプリケーション開発、③ロボティクス技術、自動でデータを収集するセンシング技術等を駆使して、ゲノム構築、微生物の構築、代謝物データ収集等の生物化学的な実験を効率化するためのシステム構築、④収集した代謝物データ等を統合処理するためのシステム開発等といった、DBTL を構成する各要素技術を開発するとともに、これらの一部/全部を組み合わせてプラットフォーム化することが重要。

有用微生物の開発期間を短縮は、主に③、④によりDBTL の 1 サイクルあたりの時間を短縮するとともに、主に①、②のAI・デジタル技術の活用によりシミュレーション等を通じて最適な代謝経路を導き出すことで生物化学的実験の回数を削減し DBTL サイクル数を削減することによって達成される。DBTL サイクル数が年平均 30%程度短縮し続けると、2030 年には、当初の1/10程度の期間に短縮することとなる。なお、有用微生物の開発期間を1/10程度に短縮という目標は、

~④の総体として達成されるものであるが、実際には①④の一部のみのプラットフォーム化に取り組む者の参画も十分に想定される。このような部分的なプラットフォ


11 微生物の種類とターゲット物質により目標値が異なるため、個別の提案を精査し事業ごとに設定。

12 ライブラリやデータベースには、行政機関が提供する公共のものや企業が独自に保有するものが想定される。データベースを拡充することで目的に沿った酵素やゲノム配列の探索が容易となり、微生物開発能力の向上に貢献する。


ームの開発を行う場合は、個別の提案の内容に応じて精査し、案件採択時において開発期間1/10程度という総合目標達成に匹敵する野心的な水準での目標設定を求めることとする。

2.      COを吸収・固定化し物質を生産する代謝経路を持つ微生物を使用する場合では、年平均 26%の物質生産効率・CO2 固定化能の向上を達成し続けたと仮定すると、2030 年には 5 倍程度の効率が達成される。本来生合成経路をもたない目的物質を生産させる場合およびCO2 固定化能を持たない微生物にCO2 固定化能をもたせる場合は、個別に定量的な開発目標を定め、商業レベルでの物質生産能を持つ微生物株を開発することとする。なお、微生物による物質生産では、ターゲット物質の種類ごとに、当該物質の生産のために最適化されて極限まで生産性が高められた微生物株を開発することが必要であり、使用する微生物の種類に応じて、ゲノム編集や遺伝子改変の効率が異なるため難易度やアプローチが異なる。

こうした状況を踏まえると、本プロジェクトに参加する者の提案の柔軟性を確保しつつも一定の基準を示すため、物質生産効率・CO2 固定化能の向上目標「5 倍程度」を目安とするが、CO2  を吸収・固定化する微生物等によるバイオものづくりは非常に先進的な技術領域であり、ベンチマークとなる例が非常に少なく、使用する微生物や目的とする化合物によって難易度が変わりうることから、個別の提案の内容に応じて精査し、案件採択時により具体的に決定することとする。また、プロジェクト開始後にも技術・社会実装推進委員会等専門家の意見を踏まえ、目標の見直しを行うこととする。

3.      微生物等を用いた物質生産は、使用する微生物株や生産する物質毎に生産速度やロバスト性などの違いにより培養や分離精製、加工等のプロセスが変化し、新規技術の開発が必要となることや、スケールアップ毎に最適な培養条件が異なるといった課題があるが、社会実装のためにはこうした課題を克服し、競合品とのコスト差を低減する必要がある。

従来のバイオマス由来での物質生産より難易度の高い CO2 を原料とした物質生産において、製造コストが代替候補製品に比べて概ね 1.2 倍以下となれば、価格に含まれない環境価値相当分も考慮の上、社会実装の進展につながることが見込まれる。(なお、2050 年に向けた中長期的な目標としては、代替候補製品と同等以下のコスト水準となることが期待される。

(目標達成の評価方法

1.      プロジェクト開始時の一般的な微生物開発期間と比較して、物質生産機能あるい CO固定化能が向上した有用微生物の開発に要した期間が1/10程度に短縮されていることを確認する。微生物ライブラリ・代謝物データ等のデータベースの拡充のみを実施する場合など部分的なプラットフォームの開発を行う場合は、個別の


提案内容に応じて精査し、開発期間1/10程度という総合目標達成に匹敵する野心的な水準での目標の達成状況を確認する。

2.      プロジェクト開始時のベース微生物の物質生産効率と比較して、微生物等による COを原料とした物質生産効率の向上率を確認する。また、技術開発の難易度やアプローチに応じて、通常の目標とは異なる目標を設定した場合には、当該目標の達成状況を個別に精査することとする。

3.      製品 1kg あたりの製造コストを確認する。その際に具体的な代替候補製品とコスト目標を実施者に提出させ、精査することとする。その前提として、製品製造に当たっては、LCA 評価を行うことで、環境性能と CO2 削減効果が定量的に評価されていることを確認する。

 

(目標の困難性

1.微生物等改変プラットフォームに関連する技術については、一部の技術の組み合わせにより限定的な範囲で事業化が進められているものもあるが、引き続き微生物・代謝物データの大量収集、ゲノム配列の解読、生物化学実験における再現性の確保等で多くの課題がある。それぞれの課題の解決方法を実験室レベルで模索している段階であり、高いリスクが伴う。

2.水素酸化細菌をはじめとする CO2 を直接原料利用するための微生物に関しては、これまで本格的に商用利用された実績はなく、最適な代謝経路を持つ有用微生物の開発は CO2 固定経路の効率向上を始めとする多くの課題があり、高いリスクが伴う

(微生物・目的に応じてばらつきがあるが、TRL レベル3、4相当のものが大半。)。 3.水素酸化細菌をはじめとする COを直接原料利用するための微生物に関しては、こ

れまで本格的に商用利用された実績はなく、有用微生物を発酵生産し、分離・精製するための技術を新たに開発する必要がある微生物・目的に応じてばらつきがあるが、TRL レベル3、4相当のものが大半。)。

 

      アウトカム

今回開発に取り組む COを原料としたバイオものづくりの実用化・商用化により期待される世界の CO削減効果、予想される市場規模について以下の前提に基づき機械的に算出した。本プロジェクトによる成果は 2040 年頃からの実用化を目指したものであるため、2040 年と 2050 年のCO2削減効果・経済波及効果をアウトカム目標と設定した。

 

      CO2 削減効果(ポテンシャル推計

      約 13.5 億トン/2040 

      約 42.1 億トン/2050 


【算定の考え方】

CO2 を原料としたバイオものづくり技術によりリーチしやすい市場として、素材、繊維(化学繊維、動物性繊維)、燃料、食品、飼料を想定した。欧州の素材メーカー等 52 社を対象としたアンケート13によると、既存製品の価格に対して、2 割の上乗せまでであれば、バイオプロセスで生産した製品の購入を考えると回答した企業が 25%に及び、1 割の上乗せであれば 69%の企業が購入を考えるとの結果が出た。本プロジェクトで目指す 2030 断面での製造コストが代替製品の 1.2 倍以下となれば、CO2 を原料として生産した製品の十分な初期需要が生み出され、その後のさらなるコストダウンと市場拡大に向けた大きな布石となる。アンケート結果よりも保守的に見積もり、既存製品の 1.2 倍以下のコスト目標を達成していることが見込まれる 2040 年には 20%、既存製品と同等程度のコスト目標を達成していることが見込まれる 2050 年には 50%が、本プロジェクトの成果を活用した製品に代替したと仮定し、CO2 削減効果を試算した。それぞれの分野のCO2 削減効果を合算することで本プロジェクトによるCO2 削減効果とした。

 

      素材

【利用したパラメータ】

①容器包装用途の世界のプラスチック推定消費量14 2040 年:4.17 億トン

2050 年:5.60 億トン

②プロセス転換による CO2 削減係数:1.90 (kg-CO2/kg-製品15

③原料としての CO2 吸収係数:2.04 (kg-CO2/kg-製品16

計算式:CO2 削減量=(①×(製品代替率)×②)+(①×(製品代替率)×③)

 

2040 年削減量:3.28 (トン-CO2

2050 年削減量:11.04 (トン-CO2

 

      化学繊維

【利用したパラメータ】

 


13 Horizon2020/BIOFOEVER 研究結果 Bioplastic MAGAZINIssue5.2020より

50%以上の価格の上乗せでもバイオプロセスで生産した製品の購入を検討すると回答した事業者が 4%、2040%の上乗せであれば検討すると回答した事業者が 21%、1020%の上乗せであれば検討すると回答した事業者が 44%であった。

14 UNEP Single-Use Plastics より、2017 年における包装、民生品、運輸用途のプラスチックの消費量を合計し、経済産業省「世界の石油化学製品の今後の需給動向」よりCAGR  3%と仮定し推定消費量を計算。

15 LCI データベース IDEA Version 3.1 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEA ラボ より

16二酸化炭素の分子量=44 PHA:ポリヒドロアルカンの分子量=86 より、4×44÷862.04 と計算。


①繊維用途の世界のプラスチック推定消費量17 2040 年:1.14 億トン

2050 年:1.54 億トン

②プロセス転換による CO2 削減係数:3.19 (kg-CO2/kg-製品18

③原料としての CO2 吸収係数:2.04 (kg-CO2/kg-製品19

計算式:CO2 削減量=(①×(製品代替率)×②)+(①×(製品代替率)×③)

 

2040 年削減量:1.20 (トン-CO2

2050 年削減量:4.02 (トン-CO2

 

 

      動物性繊維

【利用したパラメータ】

①世界の羊毛の推定生産量20 2040 年:182 万トン

2050 年:171 万トン

②プロセス転換による CO2 削減係数:1.82 (kg-CO2/kg-製品)21

③原料としての CO2 吸収係数:1.67 (kg-CO2/kg-製品)22

計算式:CO2 削減量=(①×(製品代替率)×②)+(①×(製品代替率)×③)

 

2040 年削減量:0.012 (トン-CO2

2050 年削減量:0.028 (トン-CO2

 

      燃料

【利用したパラメータ】

①世界の灯油、ジェット燃料の推定消費量23


17 UNEP Single-Use Plastics より、2017 年における繊維用途のプラスチックの消費量を合計し、経済産業省「世界の石油化学製品の今後の需給動向」より CAGR  3%と仮定し推定消費量を試算。

18 LCI データベース IDEA Version 3.1 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEA ラボ より

19 二酸化炭素の分子量44 と PHA:ポリヒドロアルカンの分子量=86 より、4×44÷862.04 と仮定。

20 IWTOWorld Sheep Numbers & Wool Production」より 2020 年の羊毛(原毛)の生産量を採用、CAGR は同報告書より

-0.6%を採用。

21 LCI データベース IDEA Version 3.1 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEA ラボ より

22 たんぱく質を主に構成する 20 種のアミノ酸の平均炭素含有率 45.58%より計算。

23 The Global Economy.com より 各国の 2019 年のジェット燃料の消費量を合計し、さらに index mundi より各国の 2014年の灯油の消費量を合計し、EIA International Energy Outlook 2021」より 2019 年から 2050 年までのCAGR  0.71%と仮定し推定消費量を試算。


2040 年:3486 億 L

2050 年:3741 億 L

②プロセス転換による CO2 削減係数:2.53 (kg-CO2/L-製品)24

③原料としての CO2 吸収係数:2.48 (kg-CO2/L-製品)25

計算式:CO2 削減量=(①×(製品代替率)×②)+(①×(製品代替率)×③)

 

2040 年削減量:3.49 (トン-CO2

2050 年削減量:9.37 (トン-CO2

 

      食品

【利用したパラメータ】

①世界の牛肉の推定消費量26 2040 年:1.29 億トン

2050 年:1.74 億トン

②世界の豚肉の推定消費量27 2040 年:1.98 億トン

2050 年:2.66 億トン

③世界の鶏肉の推定消費量28 2040 年:2.42 億トン

2050 年:3.25 億トン

④世界の生乳の推定消費量29 2040 年:12.31 億トン

2050 年:14.29 億トン

⑤牛肉 1 kg あたりのたんぱく質含有量:198 g30

⑥豚肉 1 kg あたりのたんぱく質含有量:217 g31

⑦鶏肉 1 kg あたりのたんぱく質含有量:229 g32

⑧生乳 1 kg あたりのたんぱく質含有量:33 g33


24 経済産業省「CO2 等を用いた燃料製造技術開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画より、0.8×3.162.528

25 二酸化炭素の分子量44 と C12 のアルカンの分子量=より、12×44÷170×0.82.48 と仮定。

26 FAO 統計 2020 より 2020 年の牛肉の推定消費量を採用、ATKearny How will cultured meat and meat alternatives disrupt the agriculture and food industry.」 より食肉市場の CAGR3%を採用。

27 FAO 統計 2020 より 2020 年の豚肉の推定消費量を採用、食肉市場のCAGR3%を採用。

28 FAO 統計 2020 より 2020 年の鶏肉の推定消費量を採用、食肉市場のCAGR3%を採用。

29 FAO 統計 2020 より 2020 年の鶏肉の推定消費量を採用、食肉市場のCAGR3%を採用。

30 文部科学省 食品栄養データベースより、牛肉(赤身・生)100g 当たりのたんぱく質含有量の平均値 19.8g を採用。

31 文部科学省 食品栄養データベースより、豚肉(赤身・生)100g 当たりのたんぱく質含有量の平均値 21.7g を採用。

32 文部科学省 食品栄養データベースより、鶏肉(皮なし・生)100g 当たりのたんぱく質含有量の平均値 22.9g を採用。

33 文部科学省 食品栄養データベースより、牛乳 100g 当たりのたんぱく質含有量 3.3g を採用。


⑨プロセス転換による CO2 削減係数(牛):8.93 (kg-CO2/kg-製品)34

⑩プロセス転換による CO2 削減係数(豚):1.27 (kg-CO2kg-製品)35

⑪プロセス転換による CO2 削減係数(鶏):0.68 (kg-CO2kg-製品)36

⑫プロセス転換による CO2 削減係数(生乳):1.04 (kg-CO2kg-製品)37

⑬原料としての CO2 吸収係数:1.67 (kg-CO2/kg-製品)38

計算式:CO2 削減量=(①×⑤×(製品代替率)×⑨)+(②×⑥×(製品代替)×⑩)+(③×⑦×(製品代替率)×⑪)+(④×⑧×(製品代替率)×⑫)+ (((①×⑤)(②×⑥)(③×⑦)(④×⑧))×(製品代替率)×⑬)

 

2040 年削減量:5.38 (トン-CO2

2050 年削減量:17.23 (トン-CO2

 

      飼料

【利用したパラメータ】

①世界の魚粉の推定消費量39 2040 年:2212 万トン

2050 年:2592 万トン

②プロセス転換による CO2 削減係数:1.52 (kg-CO2/kg-製品)40

②原料としての CO2 吸収係数:1.67 (kg-CO2/kg-製品41

計算式:CO2 削減量=(①×(製品代替率)×②)+(①×(製品代替率)×③)

 

2040 年削減量:1411 (トン-CO2

2050 年削減量:4134 (トン-CO2

 

      経済波及効果(世界市場規模推計


34 LCI データベース IDEA Version 3.1 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEA ラボ より

35 LCI データベース IDEA Version 3.1 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEA ラボ より

36 LCI データベース IDEA Version 3.1 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEA ラボ より

37 LCI データベース IDEA Version 3.1 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEA ラボ より

38 たんぱく質を主に構成する 20 種のアミノ酸の平均炭素含有率 45.58%より計算。

39 FAO 統計 2020 より 2020 年の養魚飼料の推定消費量を採用、FAO Food Outlook より CAGR は 1.6%を採用。

40 LCI データベース IDEA Version 3.1 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEA ラボ より

かたくちいわしの場合で試算。

41 たんぱく質を主に構成する 20 種のアミノ酸の平均炭素含有率 45.58%より計算。


      約 65.4 兆円/年2040 

      約 199.4 兆円/年2050 

 

【算定の考え方】

CO2 削減効果と同様の製品代替率を仮定し、分野ごとの製品単価を以下の通り仮定し経済効果を機械的に推計した。

計算式:経済波及効果=(分野ごとの推定消費量)×(製品代替率)×(製品単価)

 

      素材

COから生産したバイオものづくり製品によって代替する製品を汎用プラスチック原料と仮定し、販売単価を 188 /kg42とした。

 

2040 年経済波及効果:17.11 兆円

2050 年経済波及効果:57.47 兆円

 

      化学繊維

COから生産したバイオものづくり製品によって代替する製品を汎用プラスチック原料と仮定し、販売単価を 197 /kg43とした。

 

2040 年経済波及効果:8.21 兆円

2050 年経済波及効果:27.60 兆円

 

      動物性繊維

COから生産したバイオものづくり製品によって代替する製品を羊毛原料と仮定し、販売単価を 2595 /kg44とした。

 

2040 年経済波及効果:8.91 兆円

2050 年経済波及効果:20.99 兆円

 

      燃料

CO2 から生産したバイオものづくり製品によって代替する製品を灯油、ジェット燃料と仮定


42 経済産業省 2020 年生産動態統計年報化学工業統計編より、2020 年度のポリプロピレンの単価を 156.6 円と求め、1.2 倍することで想定販売価格とした。

43 経済産業省 2020 年生産動態統計年報化学工業統計編より、2020 年度の繊維用ポリエステルの単価を 164.5 円と求め、

1.2 倍することで想定販売価格とした。

44 財務省貿易統計より、2021 年度の羊毛(原毛)の単価を 2162.1 円と求め、1.2 倍することで想定販売価格とした。


し、販売単価を 199 /L45とした。

 

2040 年経済波及効果:13.88 兆円

2050 年経済波及効果:37.24 兆円

 

      食品

COから生産したバイオものづくり製品によって代替する製品を食肉、食用タンパク質と仮定し、販売単価を 5864 /kg46とした。

 

2040 年経済波及効果:16.37 兆円

2050 年経済波及効果:53.56 兆円

 

      飼料

COから生産したバイオものづくり製品によって代替する製品を養魚用飼料と仮定し、販売単価を 197 /kg47とした。

 

2040 年経済波及効果:0.87 兆円

2050 年経済波及効果:2.55 兆円

 

 


45 経済産業省 「CO等を用いた燃料製造技術開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画 より

46 財務省貿易統計より、2021 年度の牛肉の単価を 967.6 円と求め、価格を 1.2 倍し、牛肉 1kg 当たりのたんぱく質量

0.198kg を用いて、たんぱく質 1kg 当たりの想定販売価格とした。

47 財務省貿易統計より、2021 年度の魚粉の単価を 163.8 円と求め、1.2 倍することで想定販売価格とした。


3.     研究開発項目と社会実装に向けた支援

      研究開発項目の考え方

      バイオものづくり技術の活用による物質生産は、上流の微生物開発、下流の微生物による物質生産、及びこれらを支える要素技術の集合体であるプラットフォーム技術、の大きく3つの異なるフェーズの研究開発要素がある。このうち、特に上流の微生物開発、下流の微生物による物質生産については、これに携わる事業者同士が連携し、双方向にフィードバックしながら一体的に研究開発が実施される体制が望ましい。このため、複数の研究開発項目、内容を組み合わせて、幅広い分野の事業者が連携して実施することを可能とする。

      本プロジェクトは、本プロジェクトの成果を活用した製品・サービスの社会実装を念頭に置いたプ ロジェクトであり、プラットフォームの高度化を行う研究開発項目1及び大量生産実証等を行う研究開発項目3については、他の研究開発項目と組み合わせずとも社会実装が見込めることから、他の研究開発項目と組み合わせていない提案も可能とする。微生物開発については、大量物質生産と連携することで社会実装につながる可能性が大きく向上すると考えられることから、研究開発項目2については、単独で実施する事業者もしくはコンソーシアムにおいて、研究開発項目3と組み合わせて一体的に実施をする提案のみ採択することとする。

      本プロジェクトに対して、提案可能な組み合わせは以下の通りとする。

・研究開発項目1+研究開発項目2+研究開発項目3

・研究開発項目2+研究開発項目3

・研究開発項目3

・研究開発項目1

      本プロジェクトにおいて、実施者は、他の研究開発テーマに裨益する共通基盤技術について、研究開発・実証テーマの垣根を越えてプロジェクト全体として研究成果の最大化を図るように努めるものとする。また、本プロジェクトにおいては、有識者や NEDO からの意見も取り入れつつ開発を実施することが不可欠であることから、必要に応じて秘密保持契約や共同研究契約等の締結や実施計画の変更及び実施体制の見直しを柔軟に行うことも可能とし、実施者間の密接な連携をとることとする。

 

      【研究開発項目 1】有用微生物の開発を加速する微生物等改変プラットフォーム技術の高度化

48

      目標:2030 年までに、DBTL サイクルの 1 サイクルあたりの時間を短縮するための技術開発、さらに、サイクル回数を削減しコストを低減する技術を確立し、 有用微生物の開発期間を最大 1/10程度に短縮する技術を確立する。


48 ★マークがある研究開発項目については、大学・研究機関等が主たる実施者(支出が過半を占める実施者)となることが可能

(★マークがない項目は、企業等の収益事業の担い手が主たる実施者となる必要


      研究開発内容:

【委託(企業等の場合はインセンティブ 1/10

本研究開発項目では、有用な微生物等の開発を加速する微生物等改変プラットフォーム技    術の高度化に向けて、主に①微生物ライブラリや代謝物データベース等の拡充、②AI などのデジタル技術を用いて多種多様な微生物がもつゲノム配列を解読して、特定物質の効率的な生産に関連する代謝経路等との関係を明らかにし、効率的なゲノム設計・微生物設計に反映するためのシステム・アプリケーション開発、③ロボティクス技術、自動でデータを収集するセンシング技術等を駆使して、ゲノム構築、微生物の構築、微生物の性能試験代謝物データ収集等)等の生物化学的な実験を効率化するためのシステム構築、④収集した代謝物データ等を統合処理するためのシステム開発等といった、DBTL を構成する各要素技術を開発するとともに、これらの一部/全部を組み合わせてプラットフォーム化するための開発を行う。

これらは、バイオものづくりを実施する複数の民間企業等に跨がる共通基盤的な課題を解決するための研究開発である一方、個別の開発項目に関しては目標達成に向けたアプローチが複数存在し、項目によっては異なる主体が開発するほうが効率的な場合も十分想定されることから、複数者の採択を想定する。ここでの研究開発成果は、研究開発項目 2 の有用微生物の開発等において積極的に利活用することが期待されており、商用利用を念頭に有用な微生物等の開発を行う事業者との協業を行う場合は、審査において考慮要素とする。

本研究開発項目においては、CO2 を原料としたバイオものづくりと関連する分野も含めた、プラットフォームの高度化を目的とする開発を実施することも可能とする。

 

(委託・補助の考え方

      微生物等改変プラットフォーム技術の高度化については、バイオものづくり産業全体にまたがる共通基盤的な課題であり、収益化を容易に見通せない技術課題を有するため、国として積極的な支援を講じる必要がある。微生物等改変プラットフォームは、微生物開発のノウハウや実績が集積するまでは事業性が予測できないことから、本研究開発項目については  9/10 委託+ 1/10 インセンティブの委託事業として実施する。

      また、本研究開発項目で取り扱う微生物等改変プラットフォーム技術の要素には、公的機関や大学等が行う、微生物資源及び生物資源データベースの拡充、ゲノム・核酸・たんぱく質・代謝物等の高度な測定・評価に関する基盤技術の開発・実装も不可欠であるため、産業界の積極的な利用を想定した官民一体の取組の場合には、公的機関や研究機関等が主体となる提案も認めることとする。

      微生物等改変プラットフォーム技術を構成する先進技術は、近年技術開発が加速しており、2

年置きに技術的ブレークスルーが起きている。競争力のある微生物等改変プラットフォームの構築に当たっては、こうした最新技術を取り込むことで常にプラットフォームをアップデートしていく必要があるため、年をめどに、最新技術の取得を目的とした事業計画の変更を可能とし、事業の継続状況に応じてステージゲートの後に追加公募を行うことを可能とする。なお、当該プラッ


トフォーム技術の高度化に資する国内外の先進技術・産業の最新動向に関する調査を 12年おきに実施することとする。

 

      【研究開発項目 2COを原料に物質生産できる微生物等49の開発・改良

      目標:2030 年までに、一般的な天然株と比較して物質生産機能またはCO固定化能を 5倍程度50向上させ、商用レベルで物質生産できる微生物(商用株)を開発、もしくは既に物質生産機能またはCO2 固定化能の高い微生物にゲノム編集等を行って生産機能等を保ちながら従来とは異なる原料を利用して目的物質を生産可能な微生物(商用株)を開発。

      研究開発内容:

(9/10 委託2/3 補助)1/10 インセンティブ】

微生物による物質生産を効率的に行うためには、製造しようとする特定の物質の種類ごとに、当該物質の製造に最適化されて極限まで生産性が高められた微生物株を開発することが必要である。

COを原料として吸収・固定化し物質生産できる微生物の開発については、①COを吸収・固定化し物質を生産する代謝経路を持つ微生物(水素酸化細菌、光合成細菌等に、ゲノム編集・遺伝子改変等の技術によって、従来よりも物質生産機能が高い産業用微生物を開発する手法のほか、高い物質生産性を有する既存の産業微生物大腸菌、枯草菌等) に、ゲノム編集・遺伝子改変等の技術によって COを吸収・固定化し物質を生産する代謝経路を組み込み、商用化可能な産業用微生物を開発する手法などが考えられる。

本研究開発項目では、利用する微生物株や目的物質の種類等に応じて、目標達成に向けたアプローチが複数存在することから、複数事業者の採択を想定している。また、微生物等の物質生産機能の大幅な向上や、製造可能となる目的物質の大幅な拡大を目指す観点から、本プロジェクトはバイオものづくりの中核を担う微生物等改変プラットフォーム事業者と革新的な素材や燃料などの異分野事業者との共同開発により実施されることが強く期待されており、研究開発項目1及び研究開発項目3と一体的に開発を実施し、実際にこうした異分野の共同研究を行う場合には、審査において考慮要素とする。

 

(委託・補助の考え方

      CO2 を原料として物質生産できる微生物株の開発については、事業化が見通せる水準で物質生産が可能な技術は確立されておらず、大規模培養等の事業化に必須となる要素技術の確立が不確実な中で民間企業等が単独で実施することは困難であることから、国として積極的な支援を講じる必要があるため、本研究開発項目では、商用スケールでの生産実証が可能となる水準までの微生物開発は 9/10 委託+1/10 インセンティブの委託事業として実施する。


49 本研究開発項目における開発の対象は、CO2 を直接原料として物質生産できる微生物等とし、特定の微生物等に限定するものではない。

50 微生物の種類とターゲット物質により目標値が異なるため、個別の提案を精査し事業ごとに設定。


      商用スケールでの生産実証の実施段階においても、実証の結果を踏まえて、生産性向上やロバスト性の向上などの観点から追加的な微生物株を開発・改良する必要があり、商用生産の開始に不可欠な実証を国として積極的に支援する必要があることから、商用スケールでの生産実証の実施段階にある微生物開発は 2/3 補助+1/10 インセンティブの補助事業として実施する。

 

      【研究開発項目3】CO2 を原料に物質生産できる微生物等51による製造技術等の開発・実証

52

      目標:2030 年までに、微生物等を用いて、CO2 を原料として生産した物質の製造コストが、 2030 年時点で代替候補の製品の 1.2 倍以下となる技術を開発する。

      研究開発内容:

スケールアップ:【(9/10 委託2/3 補助+1/10 インセンティブ

分離・精製・加工:【(9/10 委託→2/3 補助→1/2 補助+1/10 インセンティブ)】 (LCA 評価等53については委託(企業等の場合はインセンティブ 1/10)

一般に微生物の培養条件は、小規模なラボスケール(試験管レベル数十 L の培養タンクを使用する規模、比較的小規模なベンチスケール数十数百Lの培養タンクを使用する規模)と、中規模のパイロットスケール数千数万 L の培養タンクを使用する規模)、商用レベルの生産実証に必要な大規模のデモンストレーションスケール数万~数十万Lの培養タンクを使用する規模)では大きく異なるため、段階的にスケールアップをしつつ、培養条件の最適化を順次進めていく。

なお、光合成細菌や藻類等の光をエネルギー源として CO2 の固定を行う微生物等については、培養タンクの体積ではなく、採光面積によってスケールを評価することが適切であるため、培養槽等を設置する土地の面積を基準とした指標を用いることとする。

CO2 を直接原料とする上では、従来の液体のみの培養と異なり、液体中に CO2 などの気体を吹き込みながら培養を行うガス発酵培養等の技術開発が必要となる。ガス発酵培養においては、水素と酸素が共存したガス等、爆発のリスクのあるガスを使用する場合も想定されるため、防爆仕様の培養槽等を用いてスケールアップするといった技術開発が必要となる。

本プロジェクトで生産する物質は、従来のバイオものづくりの目的物質とは異なるため、微生物の断片や培地等が混濁した液体から目的物質を回収するための、生産物質ごとに最適化され


51 本研究開発項目における開発の対象は、CO2 を直接原料として物質生産できる微生物等とし、特定の微生物等に限定するものではない。

52  本研究開発項目のうち、CO2 を原料として生産した製品等の環境性能等の評価・表示手法の確立、LCA 評価・CO2 固定量の評価などの標準化にかかる技術開発部分のみ、研究機関・公的機関が主体となった提案を可能とし、生産実証については研究機関・公的機関が主体となった提案は認めない。

53 CO2 を原料として生産した製品等の環境性能等の評価・表示手法の確立、LCA 評価・CO2 固定量の評価手法の開発及び標準化に関する技術開発とする。


た分離・精製技術の開発を行う。特に、目的物質がポリマー、油脂、燃料等の場合、脂溶性の物質をターゲットとした新たな分離・生成技術が必要であり、生産された物質を産業利用するためには、最終製品も念頭に置いた素材加工技術・品質評価手法の開発も必要となる。加工技術・品質評価技術の開発を行う上では、事業会社の先にいるユーザー企業等のニーズを踏まえた開発を実施することが重要となる。

また、回収した CO2 を原料とするために必要な微生物等の生育に有害となる夾雑物の除去や CO など微生物等が代謝しやすい物質への変換といった、前処理技術の開発・実証を行う。さらに、バイオものづくりの生産プロセスについては統一的な LCA 評価手法が未確立であり、 CO2 削減効果を容易に見通せないという課題がある。本研究開発項目では、物質生産実証

の際にはLCA 評価を実施することとする。

CO2 を原料として生産した最終製品の社会実装に当たって必要となる、当該製品の環境性能等の評価・表示手法の確立、LCA 評価・CO2 固定量の評価などの標準化にかかる技術開発は、研究機関・公的機関等と民間企業等のコンソーシアムでの連携など業界横断的に協力し実施することとし、研究機関・公的機関等が主体となる提案も可能とする。

研究開発期間終了時点で、評価サンプルによる生産物評価を行うことより、品質・機能性、環境合理性、経済性等の面で総合的に競争力が見込めるバイオ由来製品として社会実装が見通せる段階までの開発を行うこととする。

 

(委託・補助の考え方

      CO2 を原料として物質生産できる微生物の大量培養技術については、未だTRL3 程度の未成熟なレベルであり、さらなる技術革新が必要である。また、当該技術の確立については、複数の民間企業に跨がる共通基盤的課題であり、高いリスクが伴うことから、初期の培養に関する基盤技術開発及び小規模(数十数百L または数haの生産実証については 9/10 委託+ 1/10 インセンティブの委託事業として実施し、中規模数千数万L または数十haのパイロットスケールでの実証については、2/3 補助率+1/10 インセンティブの補助事業として実施する。

      大規模プラント(数万~数十万Lまたは数百 haでの実証段階では、小規模・中規模プラントでの実証により製造プロセスが改良されることにより一定程度事業リスクは低減されているものの、1桁以上のスケールアップ行う場合には、培養タンクや培養槽の大規模化に伴い撹拌の困難性や水圧の影響による微生物の非活性化、適切な生育環境の保持の自動化などの新たな課題が発生し、引き続き大きな事業リスクが残されていることから、大規模(数万~数十万 L)デモンストレーションスケールでの生産実証については 2/3 補助率+1/10 インセンティブの補助事業として実施する。分離・精製、加工技術については、大量培養技術との一体的な開発が必要であるが、バイオのスケールアップと比べて技術的な難易度や開発リスクは高くないと考えられるため、小規模のベンチスケールの実証に伴う技術開発については 9/10 委託+1/10インセンティブの委託事業、中規模のパイロットスケールの実証に伴い実施する技術開発につい


ては 2/3 補助+1/10 インセンティブの補助事業として実施し、大規模デモンストレーションスケールでの実証に伴う技術開発・実証については 1/2 補助+1/10 インセンティブの補助事業として実施する。

      CO2 を原料として生産した最終製品の品質評価・表示手法の確立、LCA 評価、CO2 固定量の評価技術など標準化にかかる技術開発については、バイオものづくり全体に共通する基盤的な技術開発であり、国として積極的に体制を整えて支援を講じる必要があることから、委託事業として実施する。

 

      【社会実装に向けた支援】

   バイオものづくりを活用して生み出された製品(バイオ由来製品の社会実装を進める上では、バイオ由来製品が有する非化石価値や、海洋生分解性などのサステイナブルな製品としての価値がユーザー企業や消費者に正しく認識され、化石資源由来、動物由来の製品と差別化されて、環境プレミアムが反映された適切な値付けがなされることが重要である。

      そのための手段の一つとして、バイオ製品の品質評価手法の標準化、バイオ製品とそれ以外の製品を区別するための製品表示制度の確立が必要である。バイオマス資源由来のプラスチック については、既にバイオマスプラ識別表示制度といった表示制度が存在するが、今後バイオマス資源由来「以外」のバイオ由来製品についても、評価や表示のあり方を検討していく必要がある。本プロジェクトにおいても、国際市場の確保も見据えて、バイオ関連の標準化や品質評価手法の確立に必要な研究開発やデータ取得等について支援を行う。

      標準化活動については、製品や微生物種等に応じて進め方を検討していく必要があることから、プロジェクトを実施する中で、有識者や NEDO、民間企業、国の間で議論することで実施主体を定め、必要な体制の構築を進めて行くことする。

      また、現状では、バイオ由来製品の市場が必ずしも大きくないため、設備投資効率が上げられず製品コストが高止まりする原因にもなっていることから、グリーン購入法なども含めた政府調達の拡大により初期需要を生み出すことで、市場拡大の促進を図ることも必要である。

      なお、現状、各所で用いられている「バイオプラスチック」の用語の定義には、バイオマス資源由来のプラスチックと生分解性プラスチックのみが含まれる形となっており、CO2 を直接原料として用いたバイオ由来製品については位置づけがないことから、今後これらの取扱いについても検討する必要がある。

      開発した技術・製品で、日本の事業者が利益を生み出していくには、海外を含めたマーケットを獲得していくことが不可欠であるが、海外展開に当たっては、国際標準に準拠した形でなければならない。そのため、競争的な観点だけでなく、基準作りの段階から、有志国との適切な協力・協業も模索することとする。また、技術・製品開発を行うに当たって、国内事業者だけでなく、海外事業者とも適切に連携をすることで、自社のビジネスが有利に進められることも考えられる。日本の得意分野/不得意分野を上手く使い分け、特に、苦手な分野については、海外事業者との協力により進められるよう、ネットワーク形成を後押しするといったことも検討を行う。


      さらに、生物情報のデジタル化、データベース化を考える際、産業の活用促進のための情報共有と国際競争を見据えた知的財産の保護・囲い込みをいかに組み合わせるかは大きな論点であり、経済安全保障の観点も踏まえながら、本プロジェクトと並行する形で国としての方針を検討していくこととする。また、関係省庁と連携し日本の強みである極限環境等から取得されるゲノム情報等がプラットフォーマーに集約されるように合同プロジェクトを組むことも検討する。

      2025 年大阪・関西万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとしており、日本館の基本計画でも「いのちと、いのちの、あいだに」がテーマとして掲げられている。54展示体験の柱としても、

「炭素中立型の経済社会」や「循環型社会」の一例として、「循環を見据えたものづくり」や「はかなく小さな生き物」といったバイオものづくりとの関係性が深いものが挙げられている。このため、本プロジェクトでは、例えば本プロジェクトを通じて得られた研究開発の成果物の一部を万博会場内や日本館などに体験型展示として活用したり、万博会場を未来社会の実験場として実証事業の一部の要素を会場で実施したりといった取組を通じて、バイオものづくりの社会実装の推進に貢献するものとして認められる研究開発計画を提案する場合には、委託事業として万博への出展にかかる費用を本プロジェクトの事業費から支出できることとする。また、万博全体の展示内容等の検討スケジュールより早い段階で公募を実施する場合には、公募時には万博との連携の仕方を企画する上で必要な要素に不確定な部分を多分に含むこととなるため、採択審査時には万博との連携を進めて行くことについてのコミットメントのみを持って考慮要素とし、具体的な連携の仕方については高い自由度を持たせることとする。提案時にコミットメントをした実施者に対して、2023 年度以降をめどに具体的な連携の仕方を提案させ、全体の提案数と予算額に応じて、必要な予算を支出することとする。連携の実施についてコミットメントをしたものの、連携を実施しない場合には、実施者に対し、モニタリング WG の場での説明を求める。

      最後に、上記の様な制度等の取り組みに加えて、バイオものづくり技術の社会実装には、バイオと IT の融合領域の人材育成やバイオ系の人材が産業界に十分に貢献できるような方策が必要となることから、人材育成・活用ともに、関係省庁と連携し支援の形を検討することとする。

 



54 「日本政府出展事業(日本館)基本計画」より


4.     実施スケジュー    

      プロジェクト期間

以下のスケジュールはあくまで一例であり、複数の研究開発項目、内容を組み合わせて早期の目標達成のために最適なスケジュールを組むことは妨げない。

      【研究開発項目 1】有用微生物の開発を加速する微生物等改変プラットフォーム技術の高度化

第一世代微生物等改変プラットフォームの構築をした後、プラットフォームの更新・拡充(第二世代、第三世代プラットフォームを進め、研究開発項目2と連動しながら微生物等の開発実績を重ねることでプラットフォームの更新・拡充とDBTL サイクルに必要な期間の大幅な短縮を行うことを想定している。一連の取組に十分な時間を確保し、常に最新技術を取り入れた競争力のあるプラットフォームを構築する観点から 2022 年度から 2030 年度までの最大 9

年間の実施を想定している。9年間の間に 3 年をめどにステージゲートを設けること、で事業継続性を適切に判断し、効率的な開発を実施する。

 

      【研究開発項目 2CO2 を原料に物質生産できる微生物等の開発・改良

CO2 を原料に商用スケールでの物質生産実証が可能な水準の性能を持つ微生物等の開発を実施し、研究開発項目1、研究開発項目3と相互にフィードバックをしながら追加的な改良を実施することを想定している。微生物等の開発については、微生物等の物質生産性を向上させるような開発に35 年の期間を要し、後半のスケールアップした場合にも、ラボスケールで達成した物質生産性が維持されることを確保するための開発にも少なくとも 3 年程度の期間を要する見通しである。そのため、事業期間を十分に確保する観点から、2022 年度から 2030 年度までの最大 9 年間の実施を想定している。微生物開発のフェーズに応じてステージゲートを設け、効率的な開発を実施する。

 

      【研究開発項目 3CO2 を原料に物質生産できる微生物等の製造技術の開発・実証

CO2 等を原料に数百 L 程度の小規模スケール技術確立をした後に、数千数万 L の中規模スケール、数万数十万L の大規模スケールでの生産実証へと移行し、製品製造コストの低減に向けた検討を実施することを想定している。生産実証には、各段階での実証に最低でも 2 年程度が必要となるなど、開発に時間がかかるため、一連の取組に十分な時間を確保

する観点から 2022 年度から 2030 年度までの最大 9 年間の実施を想定している。また、品質評価等の技術開発については小スケールでの実証が開始した後に開発を開始する形を想定しており、2024 年度から 2030 年度までの最大 7 年間の実施を想定している。


      キーマイルストーン・ステージゲート設定

研究開発目標の達成には、様々なアプローチが考えられることから、早期の目標達成は目指しつつも開発の難易度に応じ、技術・社会実装推進委員会等での議論を経て、最適なスケジュールを組むことは妨げない。以下の通り、事業化段階の切れ目において、キーマイルストーン及びステージ ゲートを設定し、事業の進捗を見て、継続可否を判断する55ことを基本とする。キーマイルストーン及びステージゲートの設定に当たっては、提案時にステージゲートにおけるマイルストーン目標を明確にし、提案された目標が低い場合などは技術・社会実装推進委員会等の専門家の意見も踏まえて野心的かつ適切な目標と改め、ステージゲート実施時に、研究開発の成果が当該目標に達しない場合は事業の中止を含めて検討する。ただし、対象とする微生物等やターゲット製品毎に開発段階が大きく異なるという事業特性から、技術・社会実装推進委員会等の専門家の意見を踏まえ、実施者単位でステージゲート実施年度を基本年度の前後の年度に設定するといった形や適切な水準となるように目標を見直すといった形も可能とし、プロジェクト全体に一定の柔軟性を持たせるこ ととする。研究開発項目1については、必要性が確認された場合には追加公募を行う。

また、複数種類の微生物等、目的生産物質、技術的アプローチを対象とした開発・実証テーマを複線的に実施し、ステージゲートを通じて競争力や成長性の高さが認められる有望な開発テーマを残し、絞り込みを行うこととする。

 

      【研究開発項目1】有用微生物の開発を加速する微生物改変プラットフォーム技術の高度

      第一世代微生物等改変プラットフォームの構築現在ある社会課題を解決するために、効率的に微生物等の継続的な改変を行い、研究から実用化までを繰り返し実施することができる手法の確立を持って構築とする。下表の例では 2025 年頃に事業継続判断)

      第二世代微生物等改変プラットフォームの構築社会課題を解決するために、最新技術を取り入れた上で効率的に微生物等の継続的な改変を行い、研究から実用化までを繰り返し実施することができる手法の確立を持って構築とする。下表の例では 2028年頃に事業継続判断

      第三世代微生物等改変プラットフォームの構築社会課題を解決するために、最新技術を取り入れた上で効率的に微生物等の継続的な改変を行い、研究から実用化までを繰り返し実施することができる手法の確立を持って構築とする。

 

      【研究開発項目2】CO2 を原料に物質生産できる微生物等の開発・改良

      商用レベルの物質生産効率をもった有用微生物等の開発(下表の例では 2025 頃から事業継続判断を開始。)


55 判断を行う際、実施者とNEDO 双方の合意に基づき事業内容及び目標の柔軟な見直しを行うことも可能とする。


          商用レベルの物質生産効率をもった有用微生物等の実証環境に合わせた改良

 

      【研究開発項目3】CO2 を原料に物質生産できる微生物等の製造技術の開発・実証

      基盤生産技術の開発・小規模ベンチスケール培養槽による実証数十数百 L 規模の培養槽等において安定的な微生物等の培養と商用レベルの効率による物質生産を達成する。(下表の例では 2025 年頃に事業継続判断

      中規模パイロットスケールプラントにおける実証(数千~数万 L 規模の培養槽等において安定的な微生物等の培養と商用レベルの効率による物質生産を達成する。)

      大規模デモンストレーションスケールプラントにおける実証(数万~数十万L 規模の培養 槽等において安定的な微生物の培養と商用レベルの効率による物質生産を達成する。)

      LCA 評価・CO2 固定量に係る評価手法の確立(バイオによる生産実証プロセスのLCA評価の実施を持って確立とする。)

      CO2 固定量等に関する標準化に係る技術開発(本プロジェクトで実施した複数種類の物質・製品についてのLCA 評価手法及びCO2 固定量についての評価手法を一部統合する形での標準化を想定。)


表1:プロジェクトの想定スケジュール(例





 

 

表2:社会実装スケジュール




 


5.   予算

 プロジェクト総額(国費負担額のみ。インセンティブ分を含む額)上限 1,767 億円

 

【研究開発項目1】有用微生物の開発を加速する微生物等改変プラットフォーム技術の高度化              予算額:上限 160 億円

      予算根拠: DBTL の各要素の周辺技術の開発に関して、過去の事業及び複数の事業者へのヒアリング等から機械装置費、消耗品費、人件費、外注費等を参考とし、想定採択件数を考慮し、所要額を試算。

 

【研究開発項目 2CO2 を原料に物質生産できる微生物等の開発・改良              予算額:上限 81 億円

      予算根拠: 微生物等開発に関して、過去の事業及び複数の事業者へのヒアリング等から機械装置費、消耗品費、人件費、外注費等を参考とし、想定採択件数を考慮し、所要額を試算。

 

【研究開発項目3】CO2 を原料に物質生産できる微生物等による製造技術の開発・実証              予算額:上限 1,517 億円

      予算根拠: 生産実証に係るパイロットプラントの整備に係る開発・実証や品質評価手法等の開発に関して、過去の事業及び複数の事業者へのヒアリング等から機械装置費、消耗品費、人件費、建設費、外注費等を参考にして、想定採択件数を考慮し、所要額を試算。

 

【社会実装に向けた支援】      予算額:上限 9 億円

      予算根拠:本プロジェクトの途中成果の一部を活用し、2025 年大阪・関西万博と連携した社会実装実証等を実施することを想定し、想定採択件数を考慮し、所要額を試算。

 

 

 取組状況が不十分な場合の国費負担額の返還率:返還が決定した時点における目標達成度を考慮し、WG において、「10%、3050%」の3段階で評価

 

(参考)改定履歴

2022 年 10 月 制定


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日の丸半導体は、国策失敗だったようだが・・

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また予算不足で水素酸化細菌の技術は流出してしまうのか?

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研究者、技術者の海外派遣で他国に行ってしまう理由は何なの・・・

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なぜ日本社会は研究者を腐らせる?by経済評論家 加谷珪一


2021年のノーベル物理学賞真鍋氏「研究のために渡米した理由」、日本社会は研究者を腐らせる?

2021年のノーベル物理学賞に、気象学者で米国人の真鍋淑郎氏が選ばれたことが大きな話題となっている。真鍋氏の受賞はいろいろな意味で、日本という国のあり方について問いかけるものだった。真鍋氏の受賞から日本人は何を学べるだろうか。


2021年のノーベル物理学賞に、気象学者で米国人の真鍋淑郎氏が選ばれた。彼の受賞から、日本の学術研究の問題点を考える




●気象学の分野が受賞対象となった意味とは


 今年のノーベル物理学賞は極めて大きな驚きを持って迎えられた。事前の予想を大きく裏切り、米プリンストン大学上席研究員で気象学者の真鍋淑郎氏が受賞した。これまでノーベル物理学賞は純粋な物理学の分野から選ばれることがほとんどだった。近年は青色発光ダイオードやリチウムイオン電池など物性の基礎理論を確立した研究者にも授与されており、工学的な要素も取り入れられているものの、物理学の範疇に入る研究業績が基本だった。


 今回の受賞分野は気象学であり、物理学の分野以外では初めてのことである。気象学といっても真鍋氏の専門分野はコンピューターを使ったシミュレーションであり、計算科学に近い分野とも言えるが、少なくとも以前はノーベル賞の対象になる研究とは認識されていなかった。


 新しい分野の業績に対して受賞が決まったのは、真鍋氏の学術業績が極めて高く評価されたからに他ならない。だが、ノーベル賞が特別な存在であることからも分かるように、政治的な意味合いも多分に含まれている。


 受賞を発表したノーベル財団の記者会見では「今回の(気象学)の受賞は、世界の指導者に気候変動の深刻さを伝えるメッセージなのか」という質問に対して、選考委員から「いまだにメッセージを受け取っていないリーダーがいるのなら、今回も耳を貸さないでしょう」「気候モデリングが物理理論に基づいた事実であるということが私たちのメッセージです」という明確な説明があった。


 選考委員によるこの発言はかなり踏み込んだものであり、事実上の政治的なメッセージであると判断して良い。しかも「いまだにメッセージを受け取っていないリーダーがいるのなら、今回も耳を貸さないでしょう」というかなり厳しい指摘も行っている。メッセージを受け取っていないリーダーが誰なのかは想像するしかないが、私たち日本人にとって耳の痛い話であることは言うまでもない。


今回のノーベル物理学賞の受賞分野は気象学であり、物理学の分野以外では初めてのこと


●日本の社会環境が独創的な研究の邪魔をする


 分野が新しかったことに加え、真鍋氏が日系アメリカ人だったことも世間を驚かせた。米国には多くの日系アメリカ人が住んでいるが、ほとんどは二世や三世で親や祖父母が米国に渡った人たちの子孫である。真鍋氏は日本で生まれ、日本の大学を卒業した後に渡米し、わざわざ米国籍を取得している。


 米国に渡る日本人研究者は少なくないが、学術分野でそれなりの実績があれば永住権(いわゆるグリーンカード)を比較的容易に取得できるので、研究生活を送る上での不便はほとんどない。それにもかかわらず米国籍まで取得したという現実を考えると、米国に骨を埋めたいという強い思いがあったと推察される。


 米国籍を取得した理由について問われた真鍋氏は、日本の社会環境が研究成果にマイナスになるという現実について、冗談を交えながらも鋭く指摘した。


 真鍋氏は会見で「日本では人々はいつも他人を邪魔しないようお互いに気遣っています」「日本で『はい』『いいえ』と答える形の質問があるとき、『はい』は必ずしも『はい』を意味しません。『いいえ』の可能性もあります」とし、日本における同調圧力について違和感を示した。


 さらに「アメリカでは自分のしたいようにできます。他人がどう感じるかも気にする必要がありません」「アメリカでの生活は素晴らしいです。アメリカでは自分の研究のために好きなこと(中略)ができます」と述べ、米国籍を取得した理由について明確に説明した。


 1997年には一度、日本に帰国し研究職に就いているが、結局は米国に戻り、米国での活動を続けている。日本の法律では二重国籍は認められないので、米国籍を取得すれば自動的に日本の国籍は失ってしまう。真鍋氏は日本で生まれ育った日本人であり、国籍の変更にはかなりの決断を要するはずだ。それでも真鍋氏は良好な研究環境を求めて国籍を変えた。



 真鍋氏の行動について、研究者というのは独創性が必要な仕事なので特殊だという意見もあるが、そうではない。近年、日本の閉鎖的な社会慣習が学術研究はもとより、新しいビジネスの創出など経済面においてもマイナスになっているとの指摘は多い。こうした指摘に対しては「日本には独自の文化がある」といった反論が寄せられるが筆者はそうは思わない。


 日本の文化というのはもっと柔軟なものであり、飛鳥時代から常に外国の良い習慣や技術を取り入れて独自の文化に昇華させてきたという歴史がある。明らかに日本にとってプラスとなる海外の習慣を取り入れないのは、むしろ本来の日本文化に反する行為といって良いだろう。


●科学技術を振興させるために本当に必要なこと


 真鍋氏の経歴を見ると、日本と米国における科学技術に対するスタンスの違いにも驚かされる。近年、日本の科学技術が低迷していることから、研究開発への支援を強化すべきという意見をよく耳にする。だが現実はお寒い限りだ。


 大学院を卒業して博士号を取得した人で、すぐに大学の教員や研究職に従事できる人はわずか1割強しかおらず。残りはポスドクと呼ばれ、任期付き採用という不安定な環境で研究を続けている。諸外国においても学術分野の競争は激しく、多くの博士号取得者がポスドクとなり、そこで必死に業績を上げて正規の研究職や大学教員のポストを手にしている。その点において、日本と諸外国が大きく変わるわけではない。


 だが日本の場合、ポスドクに与えられる研究環境が極めて劣悪という特徴があり、研究成果を出そうにも、その環境自体が整わないという大きな問題がある。また正規の研究者になっても極度の予算不足という点では同じであり、研究を継続できなくなるケースも多い。このままでは、ポスドクは死ぬまでバイト…ということである。


 人材の登用にも大きな課題がある。真鍋氏は東京大学大学院を卒業するとすぐに渡米したが、それは米国の気象局からオファーがあったからである。真鍋氏は大学院を出たばかりなので、当時は一人前の研究者とは言えない。米気象局は真鍋氏の大学院の博士論文を目に留め、内容が画期的であることから間髪入れずにオファーを出したものと考えられる。


 日本の研究機関や行政組織が、海外の小国における学生の論文まで精査し、優秀な人材を即座にスカウトするなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだろう。日本にあてはめるならば、アジア各国の大学院生をすべてリサーチし、優秀な人は、次々と日本に呼び寄せるということを意味している。


●口で叫ぶのは簡単だが…


 「日本の研究開発を強化せよ!」と勇ましく叫ぶことは簡単だが、実際に研究開発を強化するためには、こうした地道な努力が必要となる。


 当時の米気象局では、成果を出せるかどうかも分からない大学院を出たばかりの外国人研究者を採用することで、米国人研究者の採用枠は1つ減ったはずである。国籍にかかわらず、優秀な人物の採用を優先するというコンセンサスが社会に出来上がっていなければ、研究開発の強化など不可能であり、米国や近年の中国ではこうした戦略が貫かれている近年、良好な研究環境に魅力を感じ、中国に渡る優秀な日本人研究者が増えているし、有名な日本電産の開発部門の技術研究所も中国に移転した、また日本の家電の中心的技術者も軒並み中国へ引き抜かれ、アイデアが中国公営企業に渡ってしまった。ひるがえって、日本社会や日本政府に、その覚悟があるだろうか。


 予算配分についても問題が山積している。日本では研究予算を確保するにあたり、研究がどのように役に立つのか説明する計画書を提出しなければならない。だが、画期的な研究業績がどこから出てくるのか事前に予想するのは不可能であり、そもそも「社会の役に立つ研究」を支援するという概念自体が、学術の世界ではナンセンスである。役に立つのかどうかは、成果が出てから分かることであり、今役に立つことが分かっている理論というのは、もはや画期的とは言えない。


 ちなみに真鍋氏は渡米後、一度も研究開発計画を書いたことがないという。画期的な学術成果を求めているのなら、潤沢な予算を確保し、優秀な人材にやりたいように研究をやらせるしか方法はない。支援した研究の多くが何も成果が出ずにムダに終わってしまうことについても社会的理解を得ておく必要がある。いわゆる日本型のムラ社会においては、外国人研究者の登用と同じく、こうした予算配分についても多くの反対意見が出るのではないだろうか。


 これまでと同じように、非合理的で閉鎖的な研究環境を継続すれば、日本の科学技術の水準がさらに低下していくのは目に見えている。


経済評論家 加谷珪一




アメリカ西海岸からの緊急提言   2021年10月

激動の時代に日本はアメリカからどう見えているのか。スタンフォード大学アジア太平洋研究センター在籍の社会学部教授・筒井清輝氏と、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院ハース・エグゼクティブ・フェローの桑島浩彰氏による特別対談。アメリカ西海岸からの緊急提言がここに。


人文関係の「日本研究」で研究者としてやっていけるのか

桑島浩彰(以下:桑島) 私がここ数年で強く感じるのは、いまアメリカ国内で、アジアにおける関心が大きく中国に向かっているということです。日本が世界中から注目されていた時期は、アメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版した後の1980年代でしょうか。


その後、日本のGDPの停滞と中国の台頭によって、アジア研究の中心は日本から中国へと移っていった。実際、日米関係という観点で見ても、アメリカでの日本研究にかけるリソースが大きく減っているのが現実のように見えます。スタンフォード大学ではいかがでしょうか。


筒井清輝(以下:筒井) それはこの10年、20年ほどの間に顕著になってきた傾向ですね。私が所属しているスタンフォード大学アジア太平洋研究センターは、まさに日本が経済成長を続けていた1983年に設立されました。


当時は、「なぜ日本が強いのか」というのが大きなテーマで、日本の企業や省庁が研究対象とされて、盛り上がりを見せていました。実際、アジア太平洋研究センターで所長を務めていたのは日本研究をしていたダニエル・オキモトでした。彼は、ハーバードのエズラ・ヴォーゲルと並ぶ日本研究者ですね。


他にも、著名な経済学者の青木昌彦もスタンフォードにいて、日本の経済や企業の仕組みが、どう日本経済の成長に貢献したのかを比較制度分析していました。


なぜ当時は、日本研究が盛んだったのか。それは、1980年代くらいに大学生だった人にとって、これからおもしろい国、これから伸びる国といえば日本という認識があったからなんです。それが今は完全に中国ですよね。


もちろん人文系の分野で日本のアニメや映画などのポピュラーカルチャーに興味を持つ学生や研究者はかなりの数います。ただ、政治経済の面では本当に少ない。


私が着任する前の年は、スタンフォード大学アジア太平洋研究センターで日本研究をやっている教授は1人もいませんでした。今でも私1人です。一方で中国研究は7人、韓国は3人と、日本研究には逆風の状況です。


桑島 私が懸念しているのは、これ以上アメリカでの日本研究者が減ると、アメリカの対日政策にマイナスの影響が出るんじゃないかということです。


たとえば、前述したエズラ・ヴォーゲルをはじめ、ハーバード大学の政治学者ジョセフ・ナイ、現米国家安全保障会議インド太平洋調整官のカート・キャンベルなどの日本にも明るい研究者が、米国の対東アジア政策に関わってきました。ところが、今後も日本研究者が減っていくと、必ずしも日本に明るくない人物が対東アジア政策を担うリスクがある。そんな心配をしています。

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日本の「非正規雇用法(労働の不安定化政策)」の実態

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非正規労働の多様化で日本の未来、遠のく

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「雇い止めは違法」非常勤講師が東海大学を集団提訴 “争点”を弁護士が解説

弁護士JPニュース - 2022年11月22日 12:14

東海大学に非常勤講師として勤務していた8人が、大学によってメール通知された「雇い止め」が違法だとして、地位の確認と来期以降の賃金の支払いを求め東京地裁に提訴、2022年11月21日会見を開いた。

 
 原告の非常勤講師たちは、東海大学との間で契約期間1年の「有期労働契約」を締結し、毎年更新を行ってきた。契約の通算期間が5年を超えたことから、大学に対し「無期労働契約への転換」への申込権(労働契約法18条)を行使。

しかし、大学側は、「科学技術・イノベーション法」、「任期法」の特例を理由に、講師も研究者に該当、無期労働契約への転換には10年の通算期間を必要とすると主張、申し込みを認めなかった。その後、8人の原告全員に対し、「講座数を減らす」などとして、2022年度(2023年3月)限りの「雇い止め」を通告したことから提訴に至ったという。

「こんな形で終わるのは残念」
代理人の田淵大輔弁護士は、この裁判について、「任期法が最大の争点となるが、非常勤講師との関係で正面から判断した判決はない。特例の適用対象(労働契約法4条1項1号)にあたるのか。ただ、言い方が悪いが、大量に雇用し、多くの授業を回し、交代の要員が多くいるということであれば(専門分野の研究者の)要件にあたらないのではないか」と説明。できるだけ早く結論を出し、時間をかけないように進めたいと話した。

原告のひとり、河合紀子さん(非常勤講師・外国語)は、「全体の講座数が少なくなるので、4月に外国語の科目が選ばれなくなると告げられました。それは事情であって、理由ではないし、少しずつではなく、まったくなくなるということに納得できませんでした」と雇い止めに至る経緯を語った。

さらに、8月25日には「主体者が分からない」まま、来年の契約はないというメール通知を受けたという。「10年、20年以上働いている人にもメール1通。こんな形で終わるのは残念です。この大学で働く権利があると思いますし、正常な形で自分の科目に集中できる、無期雇用を認めていただきたい」(河合さん)

今回の提訴は8人であるが、今後その人数も増やしていくという。


「研究者」に“あたる”か“あたらない”か?

今回、「科学技術・イノベーション法」、「任期法」の特例など、やや耳なじみがないキーワードも多く、特殊な労働事件との印象も持ってしまう。しかし、普通の働く人たちにも関わる、軽視できない裁判と語るのは、労働問題の情報発信に注力している林孝匡弁護士。今回の裁判について、分かりやすく解説してもらった。(以上弁護士JP編集部)

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東海大から雇い止め通知を受けた非常勤講師8人が、東京地裁に提訴しました。提訴する理由は「無期転換を認めないことは違法だ」というものです。裁判では雇用継続を主張する模様です。

講師の8人は有期の雇用契約を繰り返し、通算で5年を超えていました。その後も繰り返し契約が更新されていたところ、今年2022年の春ごろ、大学から「来年2023年3月で雇用を打ち切る」とメール通知されたというもの。

裁判では、両者は以下のとおり主張を行うと考えられます。


■ 講師らの主張

契約期間が通算5年を超えているので無期転換を申し入れることができる。よって、雇用継続を求める。


■ 大学側の主張

この講師らは“研究者”にあたる。よって、5年ではなく、特例により10年である。10年を経過するのは、来年2023年の4月以降だ。

【研究者】にあたらなければ

もし“研究者”にあたらなければ、講師らは俄然優勢になるでしょう。

なぜなら、契約期間の通算が5年を越えていれば、無期転換への申し込みが認められているからです。


労働契約法 第18条


同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が 5年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。


これを「無期転換ルール」と言います。


目的は、「有期契約という不安定な契約」から、「安定度の高い無期契約」への転換させようというものです(無期契約になれば雇い止めの心配はなく、解雇されるケースも相当制限されます)

【研究者】にあたれば

もし“研究者”にあたれば、上記の5年は適用されません。

なぜなら、下記法律によって、上記の5年ルールが【10年】に伸長されているからです。


・科学技術イノベーション創出の活性化に関する法15条の2第1号


・任期法7条1項


10年に伸長されていれば、論点は、雇い止めは合法か?に移ります。


講師らの契約がどれくらい繰り返されていたかなど、内容によりますが、大学の雇い止めが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないものかどうかが争われることになるでしょう。

過去にもあった大学の“雇い止め”裁判

裁判所が「雇い止めは、社会通念上、相当ではない」と判断すれば、同じ条件での雇用継続が認められることになります。


労働契約法 第19条


有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

1 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。

2 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

過去には、専修大学で類似の雇い止めの事件がありました。語学を教えていた非常勤講師が雇い止めの通知を受け、訴訟を提起したものです。

結果、講師は勝訴しました。〈学校法人専修大学(無期転換)事件:東京高裁 R4.7.20〉

大学側は「この講師は“研究者”にあたる」と主張したのですが、裁判所は「研究者にはあたらない」と判断し、契約期間が通算5年を超えている講師の無期転換を認めました。

裁判所が「研究者にあたらない」と判断した理由の骨子としては、この講師は語学の授業、試験その他の関連業務に従事してはいるが ”研究業務には従事していない” と言うものです。

今回の東海大の訴訟でも、この専修大の事件の【研究者】の定義を参考にして攻防が繰り広げられると考えられます。

雇い止めの空気を感じたら…

ちまたでは「直前のハシゴ外し」が横行しています。5年になる直前で雇い止めをしてくるケースが増えているんです。

企業は、

「5年を超えると、さらに同じ条件で雇わないとダメだからな〜」

「5年を超える前に雇い止めしちゃえ!」

と考え、近年、雇い止めしてくるケースが増えているということです。雇い止めの空気を感じたら、社外の労働組合や弁護士に相談しましょう。

労働組合は「あなたが住んでいる地名 ユニオン」でグーグル検索ででググれば出てきます。労働者の味方となって熱心に活動されているグループが多いので、一度相談してみましょう。

弁護士は、労働問題をウリにしている事務所が良いと思います。HPで判断しましょう。最近は、初回相談無料の事務所も多くなってきてます。

一度、突撃してみて相性が合わなかったら「また考えてみます」で退散してOKです。相性の合う弁護士さんを探してみてください。


「嫌なら辞めろ」…日本社会が壊れ始めた「就職氷河期世代の実体験」

平均年収443万円の暮らしとはどんなものだろうか。


いま話題の新刊『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』では、物価が上がる一方で給料は安いままの国の生活の実態を明らかにしている。


では、そもそも、なぜ日本はこの30年で大きく衰退・停滞してしまったのか。

私の原体験
あまりに若者が疲れている、何かおかしい──。

社会人になりたての2000年から2003年にかけて、当時、経済記者だった私が感じたことだった。その頃に社会に出た同世代の多くが、連日の“サービス残業”で終電帰り、土日も“サービス出勤”をしていた。たまに休める日は疲れ切って動けず、寝たきり状態。よく言われる「若い時は勉強だ」という域を超えているように思えた。

私が大学を卒業したのは2000年3月。この年が、大卒就職率が統計上初めて6割を下回る、超がつくほどの就職氷河期だったと知ったのは、仕事でこの問題を追い始めてからだった。

マスコミ受験を中心に、金融や商社、サービスなど興味のあった企業100社以上にかたっぱしからエントリーシートを送り、少なくとも50社以上の試験や面接を受けた。しかし、たとえ最終面接まで行っても、ダメ。それが続くと、「人間失格」の烙印を押されている気がしてきた。

ある銀行のリクルーターからは「最終面接で女子はバッサリ落とされた」と告げられたこともあった。ある中小企業の社長からは「うちには向かない」と言われたことも。

理由はどうあれ、とにかく「内定」の二文字はとてつもなく遠く、就職活動で歩き回った脚はパンパンだった。やっとのことで唯一の内定が出たのは、ティッシュ配布のアルバイトをしていた消費者金融会社だった。そして卒業後、東京で就職活動をやり直した。

ハローワークに通いながら職探しをし、とにかく無職という状態から抜け出したかった。面接を受けた「福祉と金融」業という零細企業は、年金を担保にする闇金融だった。医療系のリース会社で初の女性営業職を採るとのことで面接は通ったが、毎晩医師に接待するためお酒は強いかと聞かれた。

就職氷河期世代の不安はどこから来るのか?
しばらくして新聞の求人広告で見つけた業界紙の「株式新聞」から正社員の内定を得たのと同時に、政策シンクタンクのアルバイト採用が決まった。

株式新聞社(当時)は民事再生法を申請中で、倒産手続きを行っていたため悩んだが、正社員採用であることと、「面白そうだ」という直感が働き、株式新聞の記者となった。月給は手取りで16万〜17万円だったが、その直感通り、充実した記者生活が始まった。

この株式新聞時代に出会い、私の記者活動に大きな影響を与えたのが、伊藤忠商事の丹羽宇一郎社長(当時)だ。のちに就職氷河期世代の問題を追及しようと悩む私の背中を、丹羽さんが押してくれたのだった。

私たち就職氷河期世代は、どの業界で働いていても、正社員であったとしても、たいていが長時間労働で疲弊していた。非正社員であると、いつクビになるか分からない不安を抱えながら、正社員と同様の仕事をしていた。正社員も非正社員も、「嫌なら辞めろ」と言われ、いつ失職するか分からない圧迫感のなかで働いていた。

それでも経済界を見渡せば、楽天グループが2000年に株式上場。NTTドコモの携帯電話の販売台数が拡大し、携帯電話で利用できるドコモのオンラインサービス「iモード」が普及し始めるなど、ITバブルが起こった。

同世代が抱える不安はどこからくるのか。その疑問が強い違和感に変わったのは、経済記者として上場企業の決算説明会に出て、社長や財務担当役員たちが強調していた言葉を聞いたときだ。

当社は非正社員を増やすことで正社員比率を下げ、人件費を抑えて利益を出していきます

ちょっと、おかしくないか。私は眉をひそめながら決算説明を聞いていた。


技能実習生の残業代未払い、委託元ワコールHDが支援へ

愛媛県西予市の縫製会社が、ベトナム人技能実習生11人への残業代の一部が未払いのまま自己破産の方針を決めたことから、未払い分の支払いが難しくなった。この事態を受け、パジャマの生産を委託していた女性下着大手ワコールホールディングス(HD、京都市)は、実習生を金銭的に支援する方針を決めた。ワコールHDは、人権尊重や法令順守を定めた独自の「CSR調達ガイドライン」に基づき、委託先の実習生の未払い残業代を支援する。同社としては初めての支援で、金額や時期は支援団体などと協議する。


 実習生は20~40代のベトナム人女性11人で、縫製会社「小清水被服工業」で2019年から今年10月まで実習していた。未払いは遅延損害金を含めて約2700万円になるが、小清水被服工業が自己破産の方針を決めたことから支払われる見通しが立たなくなった。


 ワコールHDによると、傘下のワコールが1次委託先(大阪市)を通じて、小清水被服工業に19年12月から今年9月まで女性用パジャマ約3万5千枚を発注。残業代の未払いは10月に1次委託先から報告を受けた。今月14日に自己破産することを知り、翌15日に支援を決めたという。






2021.11.12

研究、記者の二刀流公募 国立天文台と本紙 連携協定

連携協定を締結した国立天文台の常田佐久台長(左)と岩手日報社の東根千万億社長(中央)、水沢VLBI観測所の本間希樹所長=11日、奥州市水沢星ガ丘町
連携協定を締結した国立天文台の常田佐久台長(左)と岩手日報社の東根千万億社長(中央)、水沢VLBI観測所の本間希樹所長=11日、奥州市水沢星ガ丘町

 国立天文台(東京都三鷹市、常田佐久(さく)台長)と岩手日報社(東根千万億(ちまお)社長)は11日、次世代研究者の支援を柱とする包括的な連携協定を締結した。両者で資金を折半して研究者を雇用し、研究と記事執筆を担ってもらう。博士課程を修了しても安定した研究職に就けず社会問題化するポストドクター(ポスドク)の支援につなげる。

 調印式は、奥州市の国立天文台水沢VLBI観測所(本間希樹(まれき)所長)で行われ、常田台長と東根社長が協定書を取り交わした。



夢の電池! 全固体電池がもたらす未来図 ~第一人者に聞く メリットや課題は?~【Bizスクエア】
自動車のEV化に欠かせない電池の開発。その切り札として期待されているのが「全固体電池」です。電池の常識を変える「全固体電池」とはどういうものなのか? 研究の第一人者をスタジオにお招きしてお話を伺います。

【ゲスト】
菅野了次(東京工業大学特命教授)
【コメンテーター】
細川昌彦(明星大学経営学部教授)

★「Bizスクエア」★
・BS-TBS 毎週土曜日 午前11時から
・CS放送「TBS NEWS」

大学は世界中の学生や研究者も一緒に学んでいるし、技術は普遍的なものだから、完全にブラックボックスにすることは難しいでしょうね。それより特許関係をしっかり管理してもらいたい。全固体電池の技術は車だけではありません。将来、巨大な蓄電所を作れれば日本の電力問題を解決できる.
菅野教授の偉大さが良くわかりました。研究とは時間がかかるものですね。
日本は技術開発の安全保障にもっともっと力を入れてスパイ防止法を強化すべきと思います







何が、「子供たちに金融教育を」だ!
野村グループは、日本の小・中学生から大人まで、幅広い世代を対象とした金融・経済教育に1990年代から取り組んでいます。お金を正しく理解することは、自分の人生、新しい未来を切り拓くために役立つはずだと、野村は信じています。
「Drive Sustainability.」金融・経済教育篇

株式学習ゲームとは


山形県大蔵村立大蔵中学校 宗方史樹教頭



なぜ国産旅客機「MRJ」は失敗したのか 現場技術者に非はなかった? 知られざる問題の本質とは

5回の遅延でプロジェクト凍結へ
 YS-11以来の国産旅客機として期待を集めたスペースジェット(旧称MRJ)は、5回の計画遅延を繰り返した末、2020年10月にプロジェクトの凍結が発表された。既に5機の試作機が飛行試験のために渡米しているが、飛行試験は中断され、そのうち1機は航空機としての登録も抹消された。


 MRJの計画は、もともと経済産業省と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託・助成事業「環境適応型高性能小型航空機」として始まった。三菱重工は、2003(平成15)年度から主契約企業となって事業を推進した。プロジェクトには宇宙航空研究開発機構(JAXA)なども参画しており、これは文字通り

「国家プロジェクト」

だった。

 JAXAをはじめとする専門機関は、コンピューターを活用した先進的設計手法や、複合材部品の新しい製造技術など、基礎技術に関わる支援を行った。しかし製品開発はその先にあるもので、技術開発はゴールではない。旅客機が製品になるには、量産品として型式証明が取れなければ意味がないのだ。

 MRJプロジェクトの遅延は、ほとんどがこの型式証明の取得手続きに関わるものだった。事業凍結への決定打となった大幅な5回目の遅延も、型式証明を得るための大規模な設計変更が理由である。

 専門メディアによると設計変更は900件以上に及び、設計荷重の見直しや、各種システムの系統設計に関わる変更など、基本設計の段階に戻ってやり直すような内容がいくつも含まれている。これは卒業論文の提出時に「課題設定と調査からやり直しなさい」といわれたようなものである。

型式証明とはなにか
航空法には、航空機は耐空証明がなければ飛んではいけない、と書かれている。国の審査で「安全な航空機であることの証明」を受けるのが耐空証明で、各国が定める耐空性の基準を満たさない航空機は、原則としてその国で飛ぶことができない。

 耐空性の基準は、日本では耐空性審査要領、米国ではAIRWORTHINESS STANDARDSとして文書化されているが、世界中で米国と欧州の基準を踏襲しているので、実質的に同じ内容となっている。

 型式証明は、量産航空機に包括的な証明を与える制度である。

・図面や計算書などの設計プロセス

・製造工程や品質管理などの生産能力

・試作機で確認される性能や飛行特性

などを国が審査し、その型式に対して証明を与える。型式証明を得た航空機は、適正に設計・製造されていることが認められているので、機体個別の耐空性審査は、製造記録や整備記録などの確認で済ませることができるのだ。

 販売先の国で型式証明を得られなければ、航空機は製品として意味がない。そのため、三菱MRJでは、国土交通省航空局(JCAB)の型式証明と同時に、連邦航空局(FAA)の証明を取得する方針を採った。しかし、日本の企業が日本で開発製造する以上、設計や製造の過程を審査して製造国型式証明を発行するのは、あくまで日本のJCABである。

誰が審査するのか
耐空性の基準が文書化されているといっても、設計が基準を満たしているかどうかは、その文章だけでは判定できない。

「○○の場合でも□□の状態にならないこと」

と書かれていても、「○○の場合」とされる条件や、その設計が「□□の状態」を防止できると認められる条件は明確ではないからだ。その判定は、過去の事例などで培った知見に基づき、行政側の審査員が行う。

 機体ができてから不合格では困るので、メーカーは設計段階から審査当局と密接に連絡を取り、確認しながら作業を進める。MRJの場合は三菱がJCABと一緒に開発を進めたはずだが、JCABの審査員も基準の解釈に「頭を悩ませた」という。

 日本では、メーカー以上に、審査する側に経験やノウハウがないのである。そして、できあがった試作機を米国に持ち込んだ2016年の終盤、FAAは「この設計では型式証明を認めない」と判定した。三菱とJCABが進めてきた設計が、FAAの審査員から不合格の判定を下されたのだ。

 三菱でも型式証明が難関であることは承知しており、外国人技術者の採用や経験者の任用などの施策を講じたが、それも功を奏さなかった。型式証明審査は時を重ねるごとに厳しさを増していて、過去に認められた設計が現代では通用しないことも多い。ボーイングなどでも、新しい旅客機を既存の737や777の派生型として開発することが多いのは、新型機としての型式証明が不要で、変更部分の審査だけで済むためだ。

 JCABはMRJの審査を行う航空機技術審査センターを2004(平成16)年に名古屋に設置し、FAA職員を招いた講習も受けたといわれるが、膨大なノウハウが必要な審査能力が一時の研修で体得できるわけもない。FAAに助言を求めても、FAAは外国当局の審査には関与しない。あくまでJCABが製造国の責任として型式証明を発行しなければいけないし、FAAは輸入された機体を米国の基準で審査することになる。つまり、MRJが挫折した理由の根本は、

「日本という国家が、航空機の安全を国際的に担保する能力に欠けている」

ことだ。

ホンダジェットは米国製
難航するMRJの傍らで小型ジェット機ホンダジェットの成功が各所で報じられたため、

「なぜ自動車メーカーのホンダが成功したのか」

という声も多く聞かれた。しかしホンダジェットは日本の国産機ではない。製造会社は米国のノースカロライナにあるHonda Aircraft Companyという会社であり、米国で設計開発された正真正銘米国製の飛行機なのだ。

 日本で開発したのでは外国で売る航空機はつくれないことを、ホンダは知っていた。また、ホンダが日本で航空機を製造するなら、JCABから航空機製造事業者の認定が新規に必要で、この審査に合格するのも大変だ。つまり、

「日本製ではない」

ことがホンダジェットの一番大きな成功理由だ。

 もうひとつ興味深い存在として、中国製の旅客機C919がある。エアバスA320やボーイング737に競合するクラスの機体で、2022年に中国国内の航空会社に引き渡しが始まっている。C919はもちろん中国航空局の型式証明を受けているので、中国国内で商業運航が可能だが、FAAの型式証明は取得していない。開発元のCOMACは、あえて「FAAの型式証明を取得しない」選択をしたのだ。

 C919がFAAの型式証明を取得しようとすれば、MRJと同様の困難に見舞われたかもしれないが、広大な国土を持つ中国は、国内だけでも十分な市場がある。米国の型式証明を必要としないのだ。

国家プロジェクトのあり方と航空機産業
一方ではFAAの権威も揺れている。

 ずさんな設計のために墜落が相次いだボーイング737MAXに関して、FAAによるボーイング社への審査が非常に甘かったことが調査で明らかになり、物議を醸している。FAAも神様ではないし、自国産業を保護したいという判断の存在も否めない。そのため、より安全な航空機の実現や、より自由で平等な国際市場の実現には、各国がオープンな場で情報を交換し、協力していくことが必要ではないか。

 日本においても、経産省がプロジェクトを立ち上げる際、JCABの型式証明能力や、FAAの証明取得プロセスをどうするかといった問題が、十分に検討されたとは思えない。経産省とNEDOが実施したMRJに向けての技術研究は、高い付加価値を持つ製品実現のために必要な努力だが、日本の旅客機開発に困難をもたらす最重要課題は、こうした先端技術ではなく、

「国による認証制度」

の問題なのだ。

 しかし、専門分野の研究や設計を担う現場技術者や、マーケットだけを見ている投資家や経営者では、こうした認識を持つのは難しい。特に日本では専門人材の流動性が低く、開発現場の実情から行政の制度までを、網羅的に知る機会は得にくい。

 その結果、経産省/NEDOは市場や基礎研究だけを見て絵を描き、三菱はそれを足掛かりにして事業に取り組んだが、肝心の型式証明を手掛ける国交省は蚊帳の外という、驚くべき体制ができあがった。

 これは「誰が悪い」という問題ではなく、国家プロジェクトのあり方や行政機関の整備方針など、日本という国の力が改めて問われるべき事例ではないだろうか。これではラピダスも危ない。



2023年03月11日19時30分
【特集】ラピダスが鳴らす復活の鐘、超買い場の「日の丸半導体・特選6銘柄」 <株探トップ特集>
―動き出す「最先端半導体」量産化シナリオ、“国産”が輝く新ステージは変身株の宝庫―

 週末10日の東京株式市場は主力株をはじめ幅広く売りがかさむ展開となり、日経平均株価は6日ぶりに大幅反落となった。注目された日銀の金融政策決定会合は「現状維持」であったのだが、これを受けて後場寄りは先物主導でいったん下げ渋ったものの、その後は再び大きく値を崩す格好となった。一時下げ幅は500円強に広がる場面もあり、これまでの強気一辺倒のムードが吹き飛んだ。ただ、こうしたマクロ面からの売り圧力は、個別株の観点では好実態株の拾い場を提供している場合が多い。

 今、株式市場で強弱観が対立している注目度の高いテーマといえば「半導体 」である。市況悪化が観測される一方、日米ともに同関連株は昨年秋口を底に戻り足に転じている銘柄が相次いでいることも事実だ。株価は経済の先行きを映し出す鏡とも言われる。半導体関連セクターの収益環境は深い闇に包まれているようで、株価動向を見る限り実は黎明が近いということが雄弁に語られているかにもみえる。東京市場でも、数年前まで相場の牽引役を担っていた銘柄群が、かつての勢いを取り戻すタイミングが近づいている。

●夜明け前の暗闇こそが買い場に

 半導体の在庫調整圧力は世界の半導体メーカーの業績にも深い爪痕を残している。特にメモリー市況はスマートフォンの急速な売れ行き鈍化で需給バランスが悪化、韓国サムスン電子やSKハイニックスなどの業績の落ち込みが話題となった。国内ではレーザーテック <6920> [東証P]が23年6月期の受注高見通しを従来計画から大幅下方修正し、業界関係者にネガティブサプライズを与えたことも記憶に新しい。

 しかし、これらは夜明け前が一番暗いという諺(ことわざ)がずばり当てはまる事例である。昨年夏場以降に悪化した半導体市況も、前方にはトンネルの出口を示す光明が見え始めている。来年以降はデータセンターの更新需要が本格化するほか、世界的なメタバース市場の拡大や、自動車のエレクトロニクス武装も追い風となる。更に「Chat GPT」など想定以上に急激な進化を続ける人工知能(AI)の社会実装が加速していることで、これが半導体需要を押し上げる要因となることが予想される。2030年に半導体需要は1兆ドル(約136兆円)規模に膨らむとの試算もあり、これは昨年比で2倍の水準となる。構造的に半導体市場は膨張を続け弾けることはない。前方に見える谷が深く見えても、それは長い目でみれば、わずかな起伏に過ぎない。

●日の丸半導体復活を担う「ラピダス」登場

 米中摩擦という政治的な背景はあるが、日本で官民を挙げて半導体事業への資金投下の動きが本格化していることは見逃せない変化だ。そうしたなか、国内半導体業界の新たな歴史の舞台に、日の丸半導体新会社として鳴り物入りで登場したのが「ラピダス」である。同社はトヨタ自動車 <7203> [東証P]、ソニーグループ <6758> [東証P]、NTT <9432> [東証P]、NEC <6701> [東証P]、デンソー <6902> [東証P]といった日本を代表する錚々(そうそう)たる企業が出資して設立され、「2ナノ製品」と呼ばれる最先端半導体の量産を目指す計画にある。既に北海道千歳市で製造拠点(工場)を設立することを発表しており、投資金額は5兆円規模になる見込みとも伝わっている。

 日本は半導体生産の各工程で世界の上位に食い込む半導体製造装置 メーカーが数多く存在する。ラピダスの登場に伴う新たな半導体設備投資需要の発現が、製造装置や素材関連メーカーに強力なフォローウインドとなることは間違いない。現時点で世界的な半導体の在庫調整圧力が継続していることは確かである。しかし、それは最先端分野における日の丸半導体復活がもたらすダイナミズムに何ら影を落とすものではない。

 一方、半導体受託生産世界最大手のTSMC<TSM>が、ソニーGなど国内大手企業の参画に加え、経済産業省が巨額の資金支援を行う形で熊本県に工場建設を進めている。TSMCは日本での第2工場建設計画を進める方針も示しており、こうした動きも国内の半導体関連企業にとって幅広く商機を生む土壌となる。

 株式市場で半導体関連銘柄の物色の裾野は広い。しかし、そのすべてが半導体の市場拡大による恩恵で成長トレンドに乗れるとは限らない。カギを握るのは、当該企業ならではの強みを有しているかどうかである。今回のトップ特集では、半導体関連に位置付けられる企業の中で、成長の翼と呼ぶべきポイントを持つ有望株を6銘柄エントリーした。

●半導体・新ステージで上昇気流に乗る6銘柄

◎新光電気工業 <6967> [東証P]

 パソコンやサーバー向け高性能半導体のパッケージ大手で、海外売上比率が約9割を占める。米インテル<INTC>を主要顧客としていることは最大のポイント。独自のセラミック加工技術を駆使して、セラミック静電チャックなど半導体製造装置向け部品にも展開する。また、電気自動車(EV)などに使われるモーターコアも手掛けている。

 21年3月期以降の業績の伸びは特筆に値する。営業利益段階で21年3月期に7.2倍化し22年3月期は更に3倍化を達成、そして23年3月期は前期比30%増の930億円を予想しており、連続で過去最高利益を大幅更新する見通しにある。生産能力増強に向けた設備投資を積極的に進め、業容拡大にも余念がない。

 株価は中長期波動でみて、昨年7月初旬、10月初旬、12月下旬を3点底とする逆三尊を形成し、今年に入り徐々に下値を切り上げ戻り相場の初動を印象づける。この収益力にしてPER7倍台は極めて割安感が強いといえる。昨年3月につけた上場来高値5990円の更新も中期的視野に立って決して高いハードルとはいえない。

◎グローセル <9995> [東証P]

 半導体商社で、車載用マイコン世界屈指のルネサスエレクトロニクス <6723> [東証P]の製品取り扱いを主力としている。また、商社でありながらメーカーとしての側面を持っていることも特長。同社の独自開発による「半導体ひずみセンサー」は超小型で高精度を売り物としており、業界を問わず企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)化への取り組みで大きな役割を担っている。

 足もとの業績の伸びも顕著であり、車載用ルネサス製品の好調を背景に、23年3月期の営業利益は期中2度にわたる上方修正を経て前期比36%増の13億円を見込んでいる。更に24年3月期も2ケタの利益成長が有力視される。

 株価指標面からは評価不足が歴然で、年12円配当を継続しながらPBR0.5倍台は大幅な水準訂正に向けた可能性を内包している。株価は2月下旬以降、上値指向を強めているが依然として値ごろ感があり、早晩450円近辺を上限とするボックス圏離脱から、21年1月高値である550円を目指す動きが期待できそうだ。

◎旭ダイヤモンド工業 <6140> [東証P]

 ダイヤモンド工具の専業メーカーで国内上位に位置するが、シリコンウエハー向け研削工具は世界的に需要旺盛な半導体設備投資関連向け案件を獲得している。高精度な切削能力と高寿命で優位性を発揮する固定砥粒方式の電着ダイヤモンドワイヤーは、同社が強みとする製品として収益に貢献している。電子・半導体関連を中心に4つのプロジェクトを推進中で、国内製造拠点の整備に力を入れている。

 23年3月期はシリコン半導体及び化合物半導体向けで高水準の需要を取り込む一方、工場再編費用や電力コスト上昇などの影響が利益面で足かせとなっている。しかし、それでも営業利益は前期比3%増の29億円予想と増益を確保する見通しにあり、来期も増収増益基調は維持されそうだ。

 株価は特定株主による大量保有報告など株式需給面の思惑から2月下旬に大陽線で上放れ、その後も次第高の展開となっているが、PBR0.7倍台は依然として水準訂正余地があり、18年5月以来約4年10ヵ月ぶりの1000円大台乗せも視野に入る。

◎扶桑化学工業 <4368> [東証P]

 リンゴ酸やクエン酸などの果実酸で世界的シェアを持つ一方、収益牽引役を担っているのは半導体ウエハー研磨材で不可欠となっている「超高純度コロイダルシリカ」で、グローバルニッチトップの座を占めている。同商品はシリコンウエハーのファイナルポリッシングスラリーの主原料となるもので、ナノレベルの高精度が求められる半導体の微細化で必須の存在となっている。

 業績はトップライン、利益ともに急成長局面にある。前期に大幅増収増益でいずれも過去最高を更新したのに続き、23年3月期も売上高685億円(前期比23%増)、営業利益171億円(同14%増)と好調な伸びを見込み、連続のピーク更新が予想されている。

 株価は昨年10月につけた3060円を底値に戻り足が鮮明、25日移動平均線をサポートラインとする下値切り上げ波動が続いているが、収益成長が著しいにもかかわらずPER10倍台は見直し余地が大きい。昨年来高値である5000円を視野に中長期で上昇トレンドが維持される公算大だ。

◎QDレーザ <6613> [東証G]

 半導体レーザソリューションを産業や医療分野などに幅広く展開する。最先端エピタキシー技術、量子ドット技術など複数のオンリーワン的テクノロジーを駆使し、高付加価値の半導体レーザを提供する。視覚障がい者向けに網膜走査型レーザアイウェアも育成中。足もとの業績は赤字が続いているが、将来的な成長キャパシティの高さが注目されている。

 網膜投影機器の販売ではソニーとの協業契約を締結しており、大手IT企業との連携は今後の業容拡大に向けた収益基盤につながるものとして評価される。21年2月に旧マザーズ市場に上場したが、セカンダリーの初動で2070円の高値を形成している。その後は大幅な調整を強いられたものの、時価500円台は高値から70%以上水準を切り下げており、大底圏と判断してよさそうだ。

 新株予約権の行使や外資系証券の空売りなど株式需給面での不透明要因はあるが、時価総額は200億円弱に過ぎず、独自技術が開花期に入れば大幅な上値余地が意識されることになる。

◎トリケミカル研究所 <4369> [東証P]

 先端半導体向け高純度化学材料を手掛け、多品種少量生産を特長とする。低誘電率の絶縁膜材料で世界屈指の存在。高付加価値製品で高いシェアを有し、半導体の微細化・高集積化が進む中で同社の活躍余地は今後一段と広がっていく。海外売上高比率が7割を占めるが、国内向けでも日の丸半導体の最先端製品量産化に際して重要な役割を担うことになる。

 業績は文字通りの躍進といってよく、売上高、利益ともに過去最高更新基調を続けている。そうしたなか、23年1月期決算発表が今月15日に予定されており、この結果が大いに注目されるところ。23年1月期営業利益については前の期比22%増の36億2100万円の見通しにあるが、注意すべきは24年1月期の業績予想を保守的に提示する可能性があることだ。

 しかし、中期的な成長シナリオには全く陰りはない。仮に決算発表で下押すような場面があれば、そこは絶好の買い場提供場面と捉えたい。時価総額はまだ800億円程度であり、長い目でみれば、ここからの株価倍増も十分可能なポテンシャルを内在させている。

株探ニュース


常識破り「国策半導体ラピダス」成功に必要なこと
日本の産業界復活を担うことができるか
2023年11月23日
日本で次世代の最先端半導体を量産することを目指して2022年8月に設立されたRapidus(ラピダス)。トヨタ自動車やソフトバンク、ソニーグループなど8社が73億円を出資するほか、日本政府も約3000億円を助成するなど官民一体の一大プロジェクトとなっている。

ラピダスは2027年には2ナノ世代の半導体を量産する目標を掲げているが、同社は半導体業界におけるゲームチェンジャーとなるのか。半導体アナリストの南川明氏が同社の勝算を解説する。

日本にラピダスが必要なワケ
まず、ラピダスがなぜ必要なのかを説明しよう

日本は官民一体で先端半導体の国産化を目指しているが、それは、半導体は経済安全保障上、安定確保の重要性が高いからだ。半導体を確保できなくなれば自動車、産業機器など全ての産業が立ち行かなくなる。

特に先端半導体は重要な戦略物資として、世界各国が自国開発や生産を強化する動きが広がっている。海外に調達を依存する状況だと、紛争や災害などが起きて調達が困難になった場合に日本経済に深刻なダメージがおよぶ懸念があるのだ。

半導体サプライチェーンの中で半導体製造装置のシェアは日系企業が33%、アメリカ系企業が37%を占めている。また、半導体材料では日系が約50%と圧倒的なシェアを持つため、日本はアメリカにとって最も重要なパートナー国だ。しかし、この10年で日系シェアは少しづつ下がってきていたため、日本にも先端半導体製造拠点がないといけないという議論が出てきたわけである。
次世代半導体の製造装置と材料の開発は、先端半導体企業との共同開発が基本。日本に先端半導体製造拠点がないため、装置や材料企業は目下、海外へ開発パートナーを求めており、実際にシェアも低下している。このままでは日米欧で新たに構築するサプライチェーンが失敗する可能性もあり、ラピダスが設立された。

しかし、そもそもなぜ日本の半導体業界はそこまで衰退したのだろうか。

日本の半導体業界は1980年代に世界的なテレビ、カメラ、ビデオブームや家電需要に押し上げられ、1980年後半には世界の半導体市場における日本企業シェアは50%を超えた。

当時はNEC、東芝、日立製作所、富士通、沖電気、シャープが世界の売上高ランキングの上位を独占するなど、半導体は「技術立国ニッポン」の象徴的存在だった。

しかし、日米貿易摩擦とともにパソコン市場で急成長したインテルや、メモリでは価格競争力に優れた韓国のサムスン電子やSKハイニックスにシェアを奪われてしまう。技術開発競争でも同時期に後れを取り、その後30年はシェア低下が続き2022年にはわずか9%になった。

地殻変動により追い風を受ける日本
しかし、米中摩擦から一気に日本がアメリカにとって最重要なパートナーになってきている。この変化は、単なる一時的な需要の高まりと見るべきではなく、半導体サプライチェーンのあり方を根本から変える大変革の始まりと見るべきだろう。

従来の半導体のエコシステムでは、製品プロセスは大きく「設計開発」「製造(前工程)」「製造(後工程)」の3段階に別れていた。設計開発は、アメリカが強く、ファウンドリーなどの製造(前工程)は、台湾TSMCの圧勝、そして製造(後工程)は、東南アジアや中国で行うという分業体制が確立されてきた。
これに地政学的な大変動をもたらしたのが、米中摩擦を機に2020年から始まった半導体輸出規制だ。2022年8月成立のCHIPS法で、アメリカ政府は国内の半導体投資に500億ドルの助成金を交付する代わりに、今後10年間、中国での半導体製造の新規投資が禁じられることになった。その後の輸出規制強化により、半導体の製造拠点は中国や台湾から、アメリカそして日本にシフトし始めているのだ。

「短TAT」がラピダスの特徴
さて、この流れに乗ってラピダスは日本の半導体再起を懸け、日米欧連合での開発と製造を担うことになっている。まずラピダスの戦略を見てみよう。

何といっても特徴的なのは、短TAT(Turn Around Time=製造の全工程、あるいは工程の一部を処理するのに要する時間)による少量多品種生産という、これまでのファウンドリーの常識を覆す戦略になっていることだ。

設計と製造の同時最適化であるDMCO(Design Manufacturing Co-Optimization)を目指すという。それを実現するため、AIとセンサを活用して製造工程で得られたビッグデータを活用して設計の効率化をはかるMFD(Manufacturing For Design)という概念を取り入れる。

ラピダスでは、枚葉処理で1枚ごとに多くのビッグデータを収集することでバッチ式と比べ100倍ものビッグデータが得られると主張している。これらのデータを設計側にフィードバックすることでMFDが可能となり、PDK(Process Design Kit=ある特定の半導体を作るための設計データをまとめたもの)におけるプロセスマージンや設計マージンを広げられると主張している。

現在は設計・ウェハー製造・パッケージングの水平分業が主流だが、ラピダスはそれぞれの間の壁を取り払い、設計・ウェハー工程・パッケージングを一体化したRUMS(Rapid & Unified Manufacturing Service)という新形態で運営し、開発効率とスピードを向上させるとともにコスト削減を図るという。

つまり、顧客が商品企画を立てさえすれば、ラピダスが設計から全工程製造・パッケージングに至るまで一気通貫で受託するという短TATの新たなビジネス形態だ。

これまでの半導体工場とは違い、オール枚葉処理、完全自動化、新たな搬送技術やグリーン化に注力しており、根本から違うとしている。工程と工程の間の待ち時間を極限まで短縮することで短TATを実現するとしている。

メガファウンドリーと正面切って争わない
製品化までの時間は今後の半導体産業にとって非常に重要だ。3ナノの半導体の開発から製造まで2年近い時間が必要だが、これでは2年遅れの技術を製品にしているに過ぎず、短TATの重要性が増していることは間違いない。

製造装置からセンサで収集したビッグデータを、AIを活用してする仕組みは先端半導体工場では常識化しているが、ラピダスの新工場はさらに進化したものと考えればよいだろう。

ラピダスはTSMCのようなメガファウンドリーと正面切って競うのではなく、メガファウンドリーが拾いきれない少量生産の領域に集中するという、補完関係を構築することを目指している。

だが、課題も多く残されている。波長13.5ナノにて露光する次世代露光技術の極紫外線リソグラフィ(EUVL)の経験者が少ないので工場の立ち上げに時間がかかる可能性がある。

ラピダスは装置搬入から稼働開始までわずか4カ月しかないが、TSMC熊本工場は、1年以上かける計画である。TSMC、サムスン、インテルも最初のEUVL立ち上げには数年を要している。垂直立ち上げのためには国際連携がどこまで機能するかがポイントだろう。

かつて日本の半導体産業は高い競争力を誇っていたが、その後、力をつけた韓国や台湾など海外メーカーとの競争に敗れて最先端の開発から撤退する中で、生産技術や必要な人材が不足している。

このため、ラピダスは欧米の企業や研究機関と連携しながらすでに周回遅れともいわれる海外メーカーとの差を少しでも埋めていきたいとしている。

人材、情報、経験不足をどう補うか
さらに半導体産業は、巨額の設備投資を継続的に行う必要があるため、相当な覚悟が必要だ。日本政府はこれまでにラピダスに対して3300億円の支援を決めたほか、今後も継続的な支援に取り組むとしているが、そのためにはラピダスを非難するのではなく、応援することが重要だ。

同社は人材不足、情報不足、経験不足などの課題は多々あるが、日本の半導体復権の最後の砦である。あらゆる支援を行い盛り立てる姿勢が産業界には必要だ。

日本の技術は世界と10年以上の差があるのも事実で、2ナノの半導体を日本の技術者や会社だけで実現することは無理だろう。しかし、先端半導体技術を日本で持つことは、どの産業を育てるより必要なことである。

世界の優秀な人材と協力することで、後れを取った技術をキャッチアップできるチームにしていく必要がある。日本には最先端を知っている技術者がほとんどいないため、とにかく学べるものは貪欲に学ぶことが最初のフェーズでは非常に重要になってくる。

ラピダスと「天才の半導体ベンチャー」提携の裏側
伝説のエンジニア率いるテンストレントとは
2023年12月14日

次世代の最先端半導体の国産化を目指すラピダス。ファウンドリー(受託製造会社)となる同社には、「製造を委託してくれる顧客がそもそもいるのか」という問いがつねに投げかけられていた。今年11月に発表した、とある半導体ベンチャーとの提携が問いへの答えとなりそうだ。

そのベンチャーの名はTenstorrent(テンストレント)。2016年にカナダで設立された、AI(人工知能)向け半導体の設計に特化するファブレス半導体メーカーだ。韓国の現代自動車やサムスングループの投資ファンドなどから累計3億ドル以上をこれまでに調達している。

ラピダスは今後、回路線幅が2ナノ(ナノは10億分の1)メートル世代のAI半導体の開発をテンストレントと進めていくことになる。2025年に試作ライン稼働、2027年に量産開始というスケジュールだ。

両社の提携はどのように実現したのか。まずは、テンストレントがどのような企業なのかを押さえておこう。

ケラー氏は半導体開発の伝説的存在
「伝説の半導体エンジニア」

テンストレントを知るうえで欠かせないのは、CEOのジム・ケラー氏の存在だ。

ケラー氏はこれまでAMDやアップル、テスラ、インテルなどを渡り歩き、最先端半導体の開発に携わってきた。業界内では「伝説的」「天才」と形容される有名人である。

たとえば2008年から在籍したアップルでは、iPhone向けに初めて同社が自社設計した「Aシリーズ」の初代となる「A4」や「A5」チップの開発を担当した。

2012年にはかつていた半導体メーカーのAMDに戻り、PC向けの「zen」シリーズを開発。AMDはこのシリーズの貢献によって、PC市場で圧倒的だったインテルとのシェアの差を縮めることに成功する。

その後、2016年からはEVメーカーのテスラに移籍。自動運転システムのための半導体を内製化するプロジェクトの中心人物として活躍した。

2020年まではインテルで次世代チップの開発に従事。自らがAMD時代に手がけたチップの影響などで劣勢が続いていたインテルが反転攻勢するための半導体の開発に携わってきた。
つまり、主要メーカーを渡り歩きながらパソコン、スマホ、自動運転と、その時代の最先端分野の半導体の開発に関わってきたと言える。

そうしたケラー氏の経歴から、テンストレントにはAMDやアップル、テスラ、インテルなどで共に働いたメンバーが彼を慕って集まってきている。

GPUを超えるAI半導体を開発
ケラー氏が次のターゲットとして見据えているのが、AIに特化した最先端半導体の開発だ。

現状、エヌビディア製を筆頭にGPU(画像処理装置)がAI半導体として大きな注目を集めている。だがもともとは3Dゲームなどのグラフィックス描画装置として使われていたGPUの構造は、AI処理に「向いている」ものの「特化している」わけではなく、非効率な部分も多い。

GPUは、AI処理を行うためにCPU(中央演算処理装置)と組み合わせて使われている。

ただ性能をもっとも効率的に引き出すためには、CPUとGPU、さらに計算情報をやり取りするためのメモリーの機能が1つのチップに収まっているような構造が理想だ。テンストレントは、こうした理想のAIチップの開発を目指している。

テンストレントの日本法人社長である中野守氏は、「ケラー氏や創業者たちは、この世の中のITはいずれすべてAIベースになると思っている」と話す。いろいろな顧客が求める機能のAI半導体をデザインして提供することがテンストレントのビジネスだ。

ラピダスとの接点はどのように生まれたのか。きっかけは、中野氏による今年1月の日本法人立ち上げだった。

2022年の終わり頃、イギリスのAI用コンピューター開発企業の日本法人社長を務めていた中野氏が、日本法人の設立をテンストレントのカナダ本社に提案。当初、本社側は日本市場参入に否定的だったというが、中野氏が策定した日本でのビジネスプランをみて参入を決めた。

ラピダス社長と面会し意気投合
設立段階ではラピダスや経済産業省との連携は想定していなかったという。だが、「AI半導体の開発を目指している日本の企業や研究機関からテンストレントに声がかかり具体的な話が進んでいく中で、5~6月頃に半導体政策を強化したい経産省とつながることになった」(中野氏)。

AI半導体の開発を軸に経産省とつながりを持った後は早かった。今年7月、ラピダス側からテンストレントへ連絡があり、すぐにラピダスの小池淳義社長とケラー氏が面会。その場で両者は「スピード重視」という点で意気投合したという。

「これまで交渉したほとんどの日本企業で、『検討します』と言われてきた。ケラー氏は『2回その言葉が出てきた時点で時間がもったいないから次にいこう』と言っていた。そういう中でラピダスのスピード感は魅力的だった」。中野氏はそう振り返る。

テンストレントの製品の製造は現在、台湾のTSMC、韓国のサムスンなど複数のファウンドリーに委託している。だが、半導体の微細化が今後さらに進むと、製造できるファウンドリーは限定されてくる。調達という点で特定ファウンドリーへの依存度が高まってしまう。
「最先端のAI半導体の分野で半年や1年の調達遅れは致命的。2ナノの開発では台湾のTSMCが先行しているが、仮に調達できなくなった際に日本という選択肢もあると安心できる」(中野氏)。加えて価格面からも、調達先の分散を進めておきたいという意図があったようだ。

テンストレントとしても開発体制には限りがあるため、ラピダスに委託するプロジェクトはラピダスの製造ラインに特化させる。「ほかのファウンドリーに委託しているプロジェクトのリスクヘッジ」というのではなく、ラピダスと一蓮托生で次世代の半導体開発を行っていくわけだ。

単なる顧客を超えた存在
一方のラピダス。ほかの日本企業のように「検討します」と言っている余裕すらなかっただろう。立ち上げ間もない同社にとって、テンストレントは喉から手が出るほど求めていた潜在顧客の第一号となるからだ。

テンストレントは単なる顧客を超えた心強い存在にもなりうる。というのもテンストレントは、ほかの顧客がラピダスへ製造委託する際に活用できる「IP」の提供もビジネスモデルに取り入れているからだ。

IPとは、半導体メーカーが回路を設計する際に使える共有部品のようなもの。半導体の微細化・高性能化が進むにつれ設計する部分は増えるが、顧客メーカーがすべてをイチから設計するのは負担が重すぎる。そこで肝となる部分は自社で設計して差別化を図り、残りは「IPベンダー」が販売する共通部品をパーツとして組み込む、というのが半導体設計の常道だ。

TSMCなど大手ファウンドリーには、その製造ラインに特化したIPを半導体メーカーへ販売する多くのIPベンダーが存在する。ラピダスにはそうした企業群がまだなく、それが課題の一つでもあった。

中野氏は「テンストレントが開発した半導体を顧客がそのまま使うのではなく、『その一部をIPとして購入し内部で最適化したい』などの要望に応えるためにIPの販売も行っていく」と話す。テンストレントの存在は、ラピダスにとって多くの顧客を呼び込む吸引力になる可能性がある。

水面下では複数の具体的な開発案件が進んでいるという。「伝説の半導体エンジニア」との二人三脚は、ラピダスの歩を進める重要な一手になるはずだ。
2nm実現に5兆円で足りるか、ラピダスの今後を7つの数字で予測
佐藤 雅哉 日経クロステック
2023.11.29

半導体企業Rapidus(ラピダス、東京・千代田)は、2nm世代半導体の実現に向けて大型投資と技術開発を進める。短納期を特色として打ち出すが、競合するファウンドリーとの激しい競争や、半導体業界に特有の課題が待ち受ける。7つの数字でラピダスのこれからを予測する。
①5兆円の大型投資は不十分か
 ラピダスが2nm世代の半導体を試作・量産するには5兆円規模の投資が必要になると見られている。EUV(極端紫外線)露光装置など高額な半導体製造装置を多数導入しながら、2兆円をかけてパイロットラインを、3兆円をかけて量産製造ラインをそれぞれ構築する。これまで大規模な半導体工場がなかった北海道では、この5兆円という数字は過去最大の投資になる。



 工場を建設中の北海道千歳市の周辺には関連企業や建設作業員が集まり、早くも半導体バブルの様相を呈している。半導体産業は裾野が広く、材料や製造装置、ITなどの関連企業がラピダスとの取引を通して1つの経済圏を形成する見通しだ。千歳市には複数の企業から「ラピダスの工場の近くに拠点を設置したい」との問い合わせが届いているという。新千歳空港からのアクセスも良く、グローバルから技術者や研究者が集まるような環境を整えていく方針だ。

 ただ、世界の半導体大手企業の投資額と比較すると、ラピダスの5兆円は決して大きな数字ではない。例えば、台湾積体電路製造(TSMC)と韓国Samsung Electronics(サムスン電子)は、2023年の設備投資だけでそれぞれ約4兆円と約6兆円を投じる計画だ。両社とも既に3nm世代半導体の生産技術を有するにもかかわらず、次世代の2nm世代半導体の開発には苦戦しているとの報道もある。半導体業界に詳しい米AZ Supply Chain Solutions(AZサプライチェーン・ソリューションズ)の亀和田忠司氏は「予算が全く足りない。2nm世代以降を継続的に開発していくには、最低でも年間数千億円の開発費が必要になるだろう」と分析する。

半導体の新会社ラピダス(Rapidus)とは、日本の半導体産業の期待を背負う新会社について

テレビやビジネス雑誌などで半導体の新会社である「ラピダス(Rapidus)」に関する番組や記事を見かけることが多くなりました。

しかし、テレビやビジネス雑誌などを見ていても、ラピダスのグローバル市場での勝算や設立の経緯について焦点が当たるばかりで、そもそも「なぜ半導体の新会社の設立がこれほど話題になっているのか?」という点が分かりません。

そこで「半導体とは何か」「新会社のラピダスには何が期待されているのか」という観点で情報をまとめてみました。
半導体とは、ラピダスとは何か
経済産業省が出している文書において、半導体は以下のように説明されています。
デジタル社会を支えるために必要なものであり、技術の有無が国家間の安全保障に影響するほど重要なものということは何となく分かりますが、「そもそも何なの」というところは疑問が残りますね。

また、ラピダスについても説明があります。
・次世代半導体の量産製造拠点を⽬指すため、国内トップの技術者が集結し、国内主要企業からの賛同を得て設⽴された事業会社。
・今回、2020年代後半の次世代半導体の製造基盤確⽴に向けた研究開発プロジェクトの採択先として決定。
・ LSTCと両輪となって、我が国の次世代半導体の量産基盤の構築を⽬指す。

引用:経済産業省「半導体・デジタル産業戦略の現状と今後」


国内のトップ技術者が集結して次世代半導体の開発を担う会社だというところは理解できましたが、そもそも次世代半導体とは何か、というところが引っ掛かりますね。

まずは半導体について詳しく見ていきましょう。

半導体とは何か

そもそも、物質にはアルミ、銅などの電気をよく通す「導体」と陶器、ゴム、ガラスなどの電気を全く通さない「絶縁体」がありますが、 「半導体」とはその名の通り「導体」と「絶縁体」の中間の性質を持つ物質のことです。

半導体は一定の条件(光、音、熱、電圧の変化など)で電気抵抗率(電気の通しやすさ)を変えることができます。半導体の材料にはシリコン(ケイ素:Si)がよく使われます。

半導体の用途
半導体は暮らしの様々なところで使われています。

例えば、エアコンは温度センサーで部屋の温度を検知して空調を調整しますが、このセンサーにも半導体が使われています。また、パソコン、自動車を動かすCPUやメモリ、照明などに使われるLEDなどにも半導体が使われています。

もう少し具体的に見ていきましょう。

例えば、スマートフォンやテレビなどの電化製品には、
・電気の流れを一方通行にするダイオード
・電気の流れを増幅および流れを電気の切り替えるトランジスタ
が含まれますが、これらは半導体を組み合わせて作られています。


スマートフォンには一台当たり数十億個(!)のトランジスタが搭載されており、トランジスタやダイオードによりスマートフォンの操作に必要な複雑な計算と記憶を瞬時に行うことが可能になっています。

スマートフォンなどの電子機器には、数mm~数十mm程度の薄型シリコンチップに数千~数千万の素子(ダイオードやトランジスタなどの電子部品)を搭載した LSI(largescale integrated circuit:大規模集積回路)が使われています。
一つ一つの素子を小さくできれば、同じ大きさのシリコンチップであってもより多くの素子を搭載できます。素子を微細化し、LSIに多くの素子を搭載することで性能の向上と消費電力の削減が見込めるため、半導体業界では、この半導体素子をいかに微細化できるかを競い合っています。

AIやスーパーコンピュータにはより高性能でより消費電力を削減した半導体が求められており、これら最先端の半導体は次世代半導体と呼ばれています。ラピダスも2nmノード半導体という超微細な次世代半導体の研究開発を推進すべく設立された会社です。

ラピダスへの期待
半導体の概要を理解できたのでラピダスに話を戻しましょう。

先ほど、半導体素子の微細化が競争の方向性になっていると述べましたが、ラピダスは2nmノード半導体の集積化技術と製造プロセスの短縮技術の研究開発を期待された会社です。

半導体は製造方法が転換期(次章で詳しく説明します)を迎えており、量産技術をいち早く確立できれば、国際的なシェアを取り戻せるチャンスがあります。

日本の半導体産業は1990年代前半に世界トップのシェア(なんと50.3%!)を誇っていましたが、徐々に国際的なシェアを落としています。そのため、どの企業も量産化ができていない2nmノード半導体の研究開発の成果を挙げ、世界的なシェアを取り戻すことが期待されています。
半導体製造の転換期とは
次に半導体製造が迎えている転換期について説明します。ラピダスはこの転換期の波に乗ることで、半導体製造のシェアを獲得を狙っています。

スマートフォンなどの電子機器には数十億のトランジスタが使用されていると先ほど述べましたが、トランジスタ(*)が微細化していく中で、製造方法がFinFET方式と呼ばれる方式からGAA-FET方式へと変わろうとしています。
* 正しくは電界効果トランジスタ

トランジスタはざっくり言うと外部から電圧を加えることで電流の流れを制御することができる電子素子です。トランジスタには端子が3本あり、それぞれソース、ゲート、ドレインと呼ばれます。トランジスタではゲートにかける電圧を制御することで、ソースからドレインに流れる電流を流したり、止めたりすることができます。
FinFET方式からGAA方式へ
では、FinFET方式とGAA方式とはどういった製造方法なのでしょうか。

下図はそれぞれPlanar方式(旧型の方式)、FinFET、GAA(Gate-All-Around)のトランジスタの構造を示した図です。左から右に電流が流れ(ソースからドレインへ)、ゲートに電圧をかけることで電流を流したり止めたりすることができます。

ここで注目してほしいのは、FinFET方式では電流が流れる灰色の直方体(チャネルと呼ばれる)が下の青色の部分と接している点です。GAA方式ではチャネルはGateにすっぽりと包まれています。

ここにGAA方式のメリットがあります。

GAA方式のメリット
FinFET方式ではゲートを制御してソースからドレインへ流れる電流をゼロにしたくても、一部の電流がすり抜けてしまうことがあります。このすり抜けてしまう電流をゲートリーク電流と呼ばれます。これはチャネルの下部がゲートに囲まれていないため、そこを通って電流が流れてしまうために生じます。(上図の灰色の長方形のうち水色と接している部分)

トランジスタを微細化するためには、ゲートも薄型化、小型化する必要がありますが、微細化が進むにつれてリーク電流の増大が問題となってきました。しかし、GAA-FET方式であればチャネルの4面全てをゲートで囲むため、リーク電流を押さえることができると見込まれています。

ラピダスに勝機はあるのか

では最後にラピダスの勝機について見ていきましょう。

ラピダスは、「IBMと2nmノード半導体の共同開発パートナーシップを締結」と発表しています。IBM者は世界初の2nmノード半導体の試作に成功した企業であり、そこから技術提供を受けて開発を進められるというのは大きなアドバンテージになります。

また、日本には「東京エレクトロン」をはじめとする強力な半導体製造装置の企業があるため、一度量産化技術の開発に成功すれば一気に量産できる体制が整っています。

しかし、日本にはそもそも現在主流となっているFinFET方式トランジスタの開発技術がなく、そこから一足飛びにGAA方式に取り組むのはキャッチアップが難しいと思われます。

また、研究開発費という点でも懸念があります。米国はバイデン大統領が500億円ドル(5.5兆円!)の半導体産業投資を含むCHIPS法案に賛意しており、中国は半導体研究・開発に合計10兆円の投資を投じる計画と発表されています。欧州(EU)でもデジタル移行(ロジック半導体、HPC・量子コンピュータ、量子通信インフラ等)に1345億€(約17.5兆円!)を投じる計画が出ています。

翻って日本では、半導体関連の予算には1.4兆円しか計上されていません。半導体の研究・開発には莫大な費用がかかるため、資金面で劣る日本がこの逆境をどう乗り越えるのかは課題になりそうです。

おわりに
今回は昨今話題になっている半導体の新会社ラピダス(Rapidus)について取り上げました。

記事中でも紹介したように半導体は今後のデジタル社会を支えるための重要な基盤であり、半導体産業の競争力はそのまま国の競争力にもつながるので、ラピダスにはぜひ2nmノード半導体の量産化に成功してほしいです。


数兆円の赤字の可能性も――Rapidusに問われる“覚悟”
「SEMICON Japan」でアナリストが議論

2022年12月15日、「SEMICON Japan 2022」で行われたセミナー「Bulls&Bears ~半導体製造装置市場の原則と成長再開のシナリオ」で、証券アナリストやコンサルタントなど4人の専門家が半導体製造装置市場の展望を予測した。
2022年12月21日

 2022年12月15日、エレクトロニクス製造/サプライチェーンの展示会「SEMICON Japan 2022」(2022年12月14日~16日、東京ビッグサイト 以下、SEMICON)で、4人のアナリストが半導体装置市場の展望を語るセミナー「Bulls&Bears 半導体製造装置市場の原則と成長再開のシナリオ」が行われた。

Rapidusは“厳しい”――成功のカギは?
 UBS証券調査本部共同本部長の安井健二氏
UBS証券調査本部共同本部長の安井健二氏 出所:SEMICON Japan
 セミナーでは、2022年8月に設立されたRapidus(ラピダス)も話題に上った。なお経済産業省は2022年11月11日、2nmプロセス以下の次世代半導体の製造基盤確立に向けた研究開発プロジェクトの採択先をRapidusに決定したと発表している。

 UBS証券 調査本部 共同本部長の安井健二氏は「Rapidusの成功はとても厳しいだろう。半導体業界にはサイクル(市場の波)があり、場合によっては数千億円、数兆円の損益が出る可能性もある。TSMCやサムスン(Samsung Electronics)も同じだったが、大きな損益が出ても怯むことなく目的に向けて経営を続ける“覚悟”のある人がトップを務める必要がある」と経営陣の重要性を語った。

 ジェフリーズ証券調査部マネージングディレクターの中名生正弘氏
ジェフリーズ証券調査部マーケティングディレクターの中名生正弘氏 出所:SEMICON Japan
 ジェフリーズ証券 調査部 マネージングディレクターの中名生正弘氏は、「Rapidusは目指すビジョンが不明確で危うい状態だ」とした上で、「2nm以下の半導体製造は現状TSMCに頼らざるを得ないので、求心力のある半導体関連の企業を日本につくり、日本で製造を可能にすることに意味はあるだろう。しかし、日本でファウンドリーを中心にビジネスをしようとしているのであれば2020年代後半の量産開始では遅く、700億円の投資と言うのは少ない。成功にはファブレスとファウンドリーをつなぐエンジニアリングが非常に重要だが、経済産業省から明確な方向性は示されていない。本当に日本の半導体業界を活性化させたいのであれば、プロセスだけではなく、勝てるアプリケーションに力を入れていくことが大切だろう」と述べた。

 東海東京調査センター グローバルテクノロジー調査室長兼チーフアナリストの石野雅彦氏は、「Rapidusは出資先が重要で、特にトヨタ自動車、ソニー、NTTが中核を担うだろう。例えば、2030年には大幅な成長が予測されているADAS(先進運転支援システム)分野においては、トヨタ自動車がデータを集め、ソニーがデータを使用し、NTTがIOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)でデータを制御する流れが想定できる。そのためには、日本国内でチップを作ってくれる企業が必要になる。確かにお金の問題はあるが、時代を変えるためには必要な取り組みではないか」と説明した。

 三菱UFJモルガン・スタンレー証券インベストメントリサーチ部シニアアナリストの長谷川義人氏は「できない理由を並べるのは簡単なので『これなら勝てる』という場所を見つけることに注力してほしい。2020年代後半の量産開始とのことなので、そのころにはTSMCやIntelも技術が進化している。『2nm』にこだわってしまうとうまくいかないかもしれないので、配線やパッケージング技術などトータルで勝負することも検討してはどうか」との見解を語った。

2023年は31%減の予測も――半導体製造装置市場
 東海東京調査センターグローバルテクノロジー調査室長兼チーフアナリストの石野雅彦氏
東海東京調査センターグローバルテクノロジー調査室長兼チーフアナリストの石野雅彦氏 出所:SEMICON Japan
 安井氏は、2023年以降の半導体製造装置市場は前年比21%減、2024年は2023年比で11%増になると予測した。「2023年はメモリが調整の年になり、メモリ市場は半減すると予想している。また、アメリカ地域の景気の減速、在庫調整などが原因で2023年は市場が落ち込むであろう。2024年は自動運転やAI(人工知能)の発展によるデータセンター市場の拡大により半導体の生産能力への投資が拡大し、半導体製造装置市場も成長するだろう」(安井氏)

 中名生氏は、2023年の半導体製造装置市場は前年比20%減、2024年は2023年比で8%増になると予測した。理由については「2019年の半導体市場の縮小と同様に2023年もメモリの調整で市場が落ち込むだろう。2020年から2021年にかけて巣ごもり需要でスマートフォンやPC関連の需要が増えたが、メモリの需要は2021年から下降傾向にあり、2023年中盤まで続くと予測している」とし、今後の半導体需要については「半導体サイクルや投資サイクルが変化しており、ハードウェアよりもソフトウェアが市場をけん引するようになるだろう」と考察した。

 三菱UFJモルガン・スタンレー証券インベストメントリサーチ部シニアアナリストの長谷川義人氏
三菱UFJモルガン・スタンレー証券インベストメントリサーチ部シニアアナリストの長谷川義人氏 出所:SEMICON Japan
 石野氏は、2023年の半導体製造装置市場は前年比31%減、2024年は2023年比で23%増になる予測だ。同氏は「2023年はスマートフォンやPC関連で200億米ドル、米中対立で100億米ドルの合計300億米ドル市場が縮小すると想定している。ただ、予測した後に発表された中国の設備投資によるプラス影響を50億米ドルと予測すると実際はもう少し緩やかな縮小に収まる可能性もある。2024年、2025年はインドのスマートフォン市場やエアコン市場が発展し、中国に次ぐ市場に成長することで市場が回復するだろう」と説明した。また、国内企業が市場に与える影響について「NTTの掲げるIOWN構想が実現すれば、低遅延で世界中がインターネットに同時接続することができるようになる。今後2~3年間で大きな市場の変化を起こすだろう」と述べた。

 長谷川氏は、2023年の半導体製造装置市場は前年比15%減、2024年は2023年比で16%増になると予測した。「メモリ市場の調整や米中対立が原因で市場は縮小するものの、半導体関連の補助金や微細化トレンドにより、想定より市場の縮小は控えめになると考えている。2023年後半からは在庫調整でのマイナス影響よりも、リモートITの発展や身の回りの事象のデータ化による需要が勝り市場が回復していくと予測している」(長谷川氏)

半導体は「未来の/世界中の人を幸せにする技術」
 セミナーの最後には各人から未来を担う学生や日本政府に向けて一言メッセージが送られた。

 安井氏は「半導体の技術は世界中で使われている。成長がこんなに見えている業界は他にない。」と述べた。中名生氏は「私たちが一番共有すべき価値観は、半導体は世界人々のこれからの幸せにつながる技術であるということだ」と強調。

 石野氏は「半導体は世界人口約80億人の生活を支えている技術だ。半導体製造装置業界は半導体を安定的に供給していく役割を担っている」と語り、長谷川氏は「現在、補助金の対象になっているのは外資系企業が多いが、日本企業(材料系など)の支援も行ってほしい」と述べた。


2nm世代の国産化へ、国内8社出資の製造会社Rapidus始動
「10年の遅れを取り戻す」
経済産業省は2022年11月11日、2nmプロセス以下の次世代半導体の製造基盤確立に向けた研究開発プロジェクトの採択先を、ソニーグループやキオクシアなど国内8社の出資で設立した半導体製造企業Rapidus(ラピダス)に決定したと発表した。
2022年11月11日 

 経済産業省は2022年11月11日、2nmプロセス以下の次世代半導体の製造基盤確立に向けた研究開発プロジェクトの採択先を、ソニーグループやキオクシアなど国内8社の出資で設立した半導体製造企業Rapidus(ラピダス)に決定したと発表した。

 Rapidusは、キオクシア、ソニーグループ、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTTおよび三菱UFJ銀行の計8社の出資で2022年8月に設立した半導体製造企業。取締役会長には元東京エレクトロン社長の東哲郎氏が、代表取締役社長には元ウエスタンデジタルジャパン社長の小池淳義氏が就任している


IBMと連携、先端ロジックファウンドリーの事業化目指す
 経産省はRapidusについて、「次世代半導体の量産製造拠点を目指すため、国内トップの技術者が集結し、国内主要企業からの賛同を得て設立された事業会社」としており、今回、ポスト5G基金事業における次世代半導体の研究開発プロジェクト(開発費:700億円)の採択先として決定した。

 開発テーマは「日米連携に基づく2nm世代半導体の集積化技術と短TAT製造技術の研究開発」で、IBMなどと連携して2nm世代のロジック半導体の技術開発を行い、国内短TATパイロットラインの構築と、テストチップによる実証を実施していく。2022年度は、2nm世代の要素技術獲得、EUV露光機の導入着手、短TAT生産システムに必要な装置、搬送システム、生産管理システムの仕様の策定を行い、パイロットラインの初期設計を実施する方針。なお、研究期間終了後は、成果をもとに先端ロジックファウンドリーとして事業化を目指すとしている。

研究開発拠点「LSTC」との2本柱で「10年の遅れを取り戻す」
 経産省は、2nmプロセス以下の次世代半導体設計、製造基盤確立に向けた研究開発拠点「LSTC」(Leading-edge Semiconductor Technology Center)を2022年内に立ち上げる予定で、Rapidusは、将来の量産体制立ち上げを見据えた量産製造拠点と位置付ける。今後、LSTCとRapidusの二本柱で開発と生産を進め、日本の半導体産業の競争力強化を目指す。




発表資料の中で、同省は半導体産業の現状について、「最先端半導体はFin型からGAA型に構造が大きく変わり、量産に向けて高度な生産技術が必要となる転換期」と言及。「10年前にFin型の量産に至らなかった日本が改めて次世代半導体に参入するラストチャンス」「その実現には、TSMC誘致、拠点拡大によるキャッチアップを進めるとともに、10年の遅れを取り戻す、これまでとは異次元の取組が必要」などと説明している。




日本の半導体ブームは“偽物”、本気の再生には学校教育の改革が必要だ
湯之上隆のナノフォーカス(39
今や永田町界隈は「半導体」の大合唱であるが、筆者はそれを「偽物のブーム」と冷めた目で見ている。もはや“戦後の焼け野原状態”である日本の半導体産業を本気で再生するには、筆者は学校教育の改革から必要だと考えている。
2021年06月22
世界中に半導体ブームが到来
 2021年に入った途端に、車載半導体不足が発覚し、あらゆる半導体が不足する事態になり、世界中が狂乱状態となった(拙著記事『“半導体狂騒曲”、これはバブルなのか? 投資合戦が行き着く先は?』、2021年5月20日)。

 それとともに、各国が、自国内で半導体製造を強化する動きが激しさを増している。同年6月3日付の日経新聞によれば、2020年からTSMCの誘致に動いていた米国は、工場や研究開発拠点を国内に設ける企業に対して、5年間で約4.3兆円の補助金を交付することを検討している。加えて、米国上院が2021年6月8日、520億米ドルを国内の半導体研究/製造に割り当てるという前例のない法案を可決した
 また、欧州連合は、半導体を含むデジタル分野に今後2~3年で約19兆円を投資する方針である。さらに、中国は2014年にIC基金を設立し半導体関連技術に5兆円を超える投資を行い(総額は約20兆円と聞いている)、地方政府にも計5兆円を超える基金を設立した。

 そしてTSMCを擁する台湾は、国内への投資回帰を促す補助金などの優遇策を始動し、ハイテク分野を中心に累計2.7兆円の投資申請を受理したという。加えて、メモリ大国となった韓国は、官民協力して、今後10年間に約50兆円を投じ、韓国内に「K半導体ベルト」なる半導体供給網を整備する模様である(聯合ニュース、6月5日)。

永田町界隈も半導体ブーム一色

 この半導体ブームは日本にも押し寄せている。菅内閣は6月18日、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」を閣議決定する予定で、その成長戦略には、「6割超を輸入に頼る半導体について国内生産の拡大を目指す」という内容が盛り込まれる見込みである(日経新聞6月13日)。

 また、自民党には甘利明元経産相を会長に据え、安倍晋三元首相と麻生太郎財務大臣を最高顧問とする「半導体戦略推進議員連盟(以下、議連)」なるものが立ち上げられた。この議連については、「安倍・麻生・甘利」の3人の頭文字をとって、「A・A・A(スリーエー)」などと報じられているが、これを見た時、筆者は「何かの悪い冗談」ではないかと思った。「A・A・A」というより、「あ、あ、あ……(驚がくと絶望のため息)」である。それほど、この3人と半導体は結び付かない。そして、この議連の半導体政策は、あまりにも荒唐無稽である(拙著記事を参照ください→『何を今さらのお粗末さ、日本の半導体政策が大コケ必至の理由』、2021年6月8日/JBPRESSのサイトに移行します)。

 さらに筆者は6月1日、衆議院の「科学技術・イノベーション推進特別委員会」に、半導体の専門家として参考人招致され、15分の意見陳述を行った(その様子がYouTubeにアップされています)。

 そのテーマを簡単に言うと、「日本半導体産業の過去を振り返り、反省・分析し、未来の政策を考える」というもので、筆者を含めて3人の参考人が意見陳述を行い、9:00~12:30の3時間半にわたって、質疑や討論を行った。

 加えて、経済産業省の主導で、TSMCを誘致し、つくばに後工程の研究拠点をつくるという報道がある(日経新聞6月16日)。また、CMOSイメージセンサーで売上高シェア世界一のソニーとTSMCが合弁会社を設立し、九州に1兆円規模の新工場を建設すると報じられている(日経新聞5月28日)。ここにも、経産省が関係している模様である。
日本の半導体ブームは偽物
 このように、政府、自民党の議連、衆議院、そして経産省が主導するTSMCの誘致など、永田町界隈は、「半導体、半導体、半導体」の大合唱である。そして、衆議院の意見陳述の際に、自分で確認したのだが、これらは何の関連性も無いのだそうだ。要するに、誰かがリーダーシップをとって、これらを動かしているわけではなく、てんでバラバラに、局地戦を行っているにすぎないのである。

 従って、降って湧いたような日本の半導体ブームを、筆者は、冷ややかな目で見ている。そして、東京五輪(が開催されるかどうかも分からないが)の前後に行われる衆議院の解散総選挙で、新内閣が組閣され、各種委員会がリセットされたら、「半導体? そういうこともあったようだね」と忘れ去られてしまうのではないか。要するに、日本の半導体ブームは偽物であると思う。

 特に、経産省が関わっているTSMC絡みの二つの案件、つくばの後工程の研究拠点と、ソニーとの合弁の新工場については、実現性が乏しいだけでなく、過去の歴史を顧みると、より事態を悪化させるのではないかと危惧している。

 本稿では、その根拠を論じる。その上で、本気で、日本半導体産業を再生させたいのなら、不都合な真実である「戦後の焼け野原のような状況」を直視し、小中高の教育改革を行うことから着手する必要があることを指摘する。日本には、もはや優秀な半導体技術者がいない。その技術者を育てなければ、再生はあり得ないのである。従って、真の改革には20~30年の歳月を要する覚悟が、政治家、関係省庁、そして日本半導体産業の関係者には必要であるという結論を導く。

TSMCから見た日本とは

 図1に、TSMCの地域別売上高比率を示す。TSMCは、昨年2020年9月15日に、米国アリゾナ州に、ファンドリーの新工場を建設することに合意した。
 TSMCにとって米国は、Apple、Qualcomm、Broadcom、AMDなどビッグカスタマーが多数存在する最重要地域である。2020年9月15日以降、米国の制裁により、中国Huaweiへの半導体の供給が停止されて以降、米国比率は90%前後にまで増大し、もはや米国無しではTSMCのビジネスが成り立たない。

 その米国に対してですら、アリゾナ州の新工場の建設に対して、「建設費は6倍、人件費は3割高い」と苦言を呈している(ニュースイッチ、2021年2月24日)。

 この問題を解決するべく、バイデン大統領が先頭に立って半導体強化策を掲げ、冒頭に記載したように補助金を計上するとともに、二つの法案を可決して、TSMCに対して、さらなる支援を行う姿勢を見せている。

 一方、日本はどうか? TSMCの日本の売上高比率は、2021年第1四半期で、たったの5.2%でしかない。この中に、ソニーのCMOSイメージセンサーの生産委託分とそれに張り合わせるロジック半導体の全数、加えてトヨタ自動車をはじめとする全てのクルマメーカー向け車載半導体が含まれている。

 常識的なCEOなら、たった5.2%しかビジネスが無い日本に、研究拠点や新工場をつくるはずがない。少なくとも、新工場の建設はあり得ない。TSMCにとって、何のメリットもないからだ。

 では、なぜ、TSMCが、つくばに後工程の研究拠点をつくる、などということになったのだろうか?(ただし、この件については、TSMCサイドの発表はないため、真偽の程は依然不明である)。

 以下では、筆者の推測を述べてみよう。

2019年7月1日の「第2の真珠湾攻撃」
 2019年6月末まで、大阪でG7サミットが開催されていた。日本は議長国として、「G7は、開かれた公正な世界貿易及び世界経済の安定にコミットする」ことを、安倍前総理が強調した。

 そのサミットが終了した翌日の7月1日、日本政府(および経産省)が、韓国に対して、フッ化ポリイミド、EUV(極端紫外線)レジスト、フッ化水素(ガスではなく薬液)の半導体3材料の輸出規制を厳格化すると発表した。その結果、韓国政府、Samsung、SK Hynixは、大混乱に陥った。

 この3材料の中でも、フッ化水素の影響は甚大で、もし、SamsungとSK Hynixの在庫が切れたら、メモリも非メモリも、先端もレガシーも、半導体は一個もつくれなくなる最悪の事態になったからだ。
 この日本政府の政策は、半導体業界では、「第2の真珠湾攻撃」と言われた。そして、欧米など諸外国(台湾を含む)の半導体メーカーから、次のようなことを、直接的または間接的に聞いた。

 「君たち日本政府は、まさか我々にも、こんなことをするんじゃないだろうな?」

 つまり、日本政府(経産省)による韓国に対する突然の輸出規制強化は、韓国にとどまらず、世界中に恐怖を与えることになったのである。

 そのような日本政府の省庁の一つの経産省が、TSMCに対して、しきりに国内誘致を持ち掛けてくる。この誘致を無下に断ったら、日本政府(経産省)が、何をするか分からないとTSMCは思っている可能性がある。

 そこで、TSMCは、後工程の研究拠点をつくるくらいでお茶を濁し、日本政府(経産省)を怒らせないようにしよう、と考えたのではないか? もし、筆者の推測が正しければ、経産省による強引な国内誘致は、TSMCと日本との関係性を悪化させかねない。

「第2の真珠湾攻撃」のブーメラン効果
 この「第2の真珠湾攻撃」のとばっちりを食ったのは、まずは、材料メーカーである。輸出規制強化の対象となった3材料をビジネスにしている企業は、韓国への輸出が困難を極めた。また、韓国が、国を挙げて日本依存を減らす大方針を打ち出し、実際に、フッ化水素を基幹ビジネスにしているステラケミファや森田化学は、大幅な売上減少に見舞われた。今後、日本がボトルネックになっている他の半導体材料、製造装置、その装置の部品など、韓国が自国生産に成功したものから、日本を排除していくだろう。従って、日本政府の「第2の真珠湾攻撃」は、ブーメランのように日本に返ってきて、日本の装置、その部品、材料メーカーの業績を直撃し、低迷させることになる。

 つまり、日本政府(経産省)の政策は、長期的には、日本の半導体関連企業の競争力を大きく削ぐことになるのである。全く迷惑なことをしてくれたものだ。
歴史的に見て日本政府や経産省の政策に成功例無し
 6月1日の衆議院の意見陳述でも述べたことであるが、1980年中旬以降、日本政府や経産省が行った政策で、日本半導体産業のシェアの向上に奏功したものは一つもない。

 図2に示したように、国家プロジェクト、コンソーシアム、旧エルピーダメモリ(以下、エルピーダ)やルネサス エレクトロニクスなどの合弁会社の設立を、これでもか、これでもか、とやり続けたが、日本半導体産業のシェアの低下は止められなかった。つまり、全て失敗したわけだ。
 なぜ、やっても、やっても、ダメだったのか?

 理由はいくつかある。衆議院の意見陳述では、「日本半導体産業は過剰美術で過剰品質を作る病気に罹患していた。しかし、政府や経産省はその病巣を見抜けず、間違った診断を行った。その間違った診断を基に処方箋を出したから、全て失敗した」と論じた。

 この典型的な事例が、2012年2月に倒産したエルピーダである。2000年頃に、日本のDRAMメーカーは、コンピュータ業界がメインフレームからPCにパラダイムシフトしているにもかかわらず、相変わらずメインフレーム用の25年保証の超高品質DRAMをつくり続けたため、大赤字を計上し、撤退に追い込まれた(図3)。
 NECと日立の合弁会社として1999年12月に設立されたエルピーダは、過剰技術で過剰品質をつくる病気が重篤化し、2012年2月にあっけなく倒産した。この間、筆者は、2004年に同志社大学の経営学の教員として、エルピーダを調査し、あまりにマスク枚数が多いこと、とんでもなく検査工程がヘビーであることなどを、坂本幸雄社長(当時)に直接報告したが、無視された(逆に、広報担当の役員ににらまれて研究は打ち切りとされ、エルピーダへの出入りを禁止された)。

 つまり、経産省主導で設立されたエルピーダは、過剰技術で過剰品質をつくる病気で“死んだ”半導体メーカーと言える。

なぜ国家プロジェクトやコンソーシアムは失敗したのか
 もう一度、図2を見て頂きたい。日本半導体産業のシェアが下がる。そのシェアの低下を食い止めようとして、国プロ、コンソーシアム、合弁会社をつくる。

 しかし、図2を見ているうちに筆者は、国プロ、コンソーシアム、合弁会社をつくるから、シェアが下がると思い始めた。実際、コンソーシアムを一つつくれば、半導体メーカーは、10人単位で技術者を出向させる。10個できれば、100人を出向させることになる。すると、半導体メーカー本体は、どんどんやせ細ることになる。

 そして、国プロやコンソーシアムが開発した技術について、半導体メーカーは一切見向きもせず、使わないのである。これでは、人もカネもドブに捨てているに等しい。なぜ、こんなことになるか?

 例えば、筆者が2001年4月~2002年10月の1年半に渡って在籍したコンソーシアム「半導体先端テクノロジーズ(Semiconductor Leading Edge Technologies、セリート)」では、65nm用トランジスタや配線技術を開発した。

 ところが、東芝やNECはもっと先の45nmにしか興味がなく、サンヨー、エプソン、シャープ、沖電気など2番手グループは130nm以降の微細化の予定がない。従って、65nmプロセスは、参加企業の誰も見向きもしない。なぜこのような事態になるのかというと、参加企業13社の合議制で開発テーマが決められるからだ(恐らく、13社が求める微細化の平均値が65nmだったというバカバカしい話であろう)。

 そして、セリートが、設計のコンソーシアムの「半導体理工学研究センター(Semiconductor Technology. Academic Research Center、スターク)とともに、「日本半導体産業の復権」を目的として立ち上げられ、10年間に渡って国費が投じられた「あすかプロジェクト」は、もっと悲劇的だった。
日本半導体産業の「復権」とは何か?
 筆者は、上記のように、セリートに在籍してあすかプロジェクトの元で、誰も使わない技術開発を続けても日本半導体産業は決して復権しないと思い始めた。そして、このような疑問を持つと、「日本半導体産業の復権とは何か?」ということが分からなくなった。

 つまり、日本半導体産業がどのようになれば復権したことになるのか? シェアの増大か? 利益率の向上か? 技術力の増強か? それ全部か? そして、その数値目標は?

 「日本半導体産業の復権」などという抽象的な目標ではなく、例えば、シェアを10%増大するとか、参加企業の利益率を5%向上するというような具体的な目標を定め、それを実現するための技術開発テーマを明確に設定すべきなのではないか?

 このような疑問を持ち悩みが深くなるに従って、技術開発が手につかなくなってしまった。そして、技術開発に疑問を持った筆者は、周りの技術者、上司たちに「復権とは何か?」ということを聞いて回った。しかし、ほとんど相手にされなかった。ある部長からは、「技術者のお前がそんなことを考える必要はない」と叱責もされた。

 こうして、次第に、筆者は周囲から疎んじられるようになっていった。最後に、セリートの2代目の代表取締役社長である森野明彦氏(NEC出身)にも、「このままでは日本半導体は復権できない」と直談判に行った。しかし、糠(ぬか)にクギだった。社長すらも、「復権とは何か?」を分かっておらず、何も変える気はなく、従って何も変わらなかったからだ。

 2001年以降、ITバブルが崩壊した半導体業界は、深刻な不況に陥っていた。出向元の日立からは、再三にわたって早期退職を勧告されていた。セリートにいることは人生の無駄であると悟った筆者は、退職を決意したわけである。

最初から復権の定義などなかった
 1996年に半導体業界のシンクタンクである半導体産業研究所(Semiconductor Industry Research Institute Japan、SIRIJ)の提言により発足したセリートは、2011年に15周年を迎えた。また、あすかプロジェクトも、2011年3月で終了した。

 筆者の手元には、『セリート15周年記念誌』がある。これは記念誌であることから、関係諸機関からの賛辞と溢れ返らんばかりの成果で埋め尽くされている。ここから、気になる箇所を2点、抜き出してみよう。

 まず、セリート3代目の代表取締役社長の渡辺久恒氏(NEC出身)のあいさつ「セリート運営を預かって」からの抜粋である。

 小職が、セリート社長とMIRAIプロジェクトリーダーの就任を要請された際に、明確な業務ミッションとして記述されておりました。それは「日本半導体産業の国際競争力強化(回復と呼ばれることもあった)」であります。現状を見ると、まもなく任務を全うできるだろうとは言いにくい状態であります。ただ、小職は、就任当初から、「国際競争力が回復した状態とはいかなる状態なのか? それは売り上げシェアの回復なのか、利益総額増大なのか、外貨稼ぎの輸出額増大なのか、市場での事業主導権の向上なのか」と多くの関係者と議論しましたが、今日いまだに不明であります。

はからずも、渡辺社長は、筆者と同じ問題意識を持っていたわけである。しかし、困ったことに、任務が終わろうとしている時点ですら、「日本半導体産業の国際競争力回復とは何か」が分かっていないということだ。

目標が定まらないまま、代表取締役社長を6年も続けたのか? それでは成功はおぼつかない。なぜなら、最初から成功の定義がないからだ。

筆者の意見のどこが「短絡」なのか
 もう1つの気になる箇所は、「主要参加企業から見たセリート活動」というコラムの、東芝(当時)の前口賢二氏の文章からの抜粋である。前口氏は、2004年以降のセリート非常勤取締役であり、以前はSIRIJの所長を務めていた。

 業界共同活動と日本半導体産業の低迷を短絡してネガティブな意見を述べる方々もいますが、新技術候補の実用化の判断に役立つ成果を出してきた点はクライアントとして高く評価したい……

 「ネガティブな意見を述べる方々」の1人は筆者である。というより、この対象は、間違いなく筆者を名指している(と思う)。なぜなら、筆者は多方面で「コンソーシアムができるほど日本半導体のシェアが下がる」ことを言い続け、書き続けてきた。その上、セリートシンポジウムで前口氏に対して、このような質問を痛烈に浴びせたことがあるからだ。

 セリートは設立から15年もたっている。「日本半導体産業の復権」を目標にしたあすかプロジェクトは10年も続いた。1年や2年なら短絡かもしれないが、10年、15年やり続けてまったく成果が出ないことにクレームをつけた場合、それを短絡と言うのだろうか。

 前口氏は、半導体産業研究所の所長として、セリートやあすかプロジェクトだけでなく、あらゆるコンソーシアムや国家プロジェクトのグランドデザインを描いてきた人物である。「短絡すべきではない」などと言って責任逃れをすることは許されない。

戦後の焼け野原のような状況
 「日本半導体産業の復権」の定義もなく、その目標をセリートの代表取締役社長ですら理解していなかったセリート、ならびに、あすかプロジェクトが2011年3月に終了した。その時点で、20%程度だった世界シェアは、昨今は10%以下になっている。

 そして、セリートやあすかプロジェクトの終焉(しゅうえん)と時を同じくして、日本は、65nmから40/45nmに進めず、世界半導体の最先端の微細化の争いから脱落した(図4)。



 その時から10年が経過したことし2021年、突然、政府や経産省や自民党の議連が、「国内で半導体の製造を強化」などと大合唱している。しかし、衆議院の意見陳述でも強調して何度も言ったが、「もはや日本は挽回不能」である。特に、ロジック半導体の分野は、「戦後の焼け野原」のような状況なのだ。

 1980年中旬から2010年頃までは、政府や経産省が何かをしようとしていた(それが全部失敗したわけであるが)。しかし、2011年以降は放置され、空白の10年間を過ごした。それを、いきなり、「国内で半導体製造を強化」などと言っても、不可能なのだ。

 第一、日本には、設計技術者も、プロセス技術者も、いないのである。この空白の10年間で、優秀な半導体技術者は、海外企業や装置および材料メーカーに転職している。または、リストラされて、全く異なる業種に転籍している者も多数いるだろう。

 筆者は、2011年から、東北大学工学部の博士課程で、『近代技術史学―半導体(集積回路)産業論―』の講義を行っている。その博士課程の学生たちに、時々、就職先を聞いてみることがある。ルネサスやキオクシア(旧東芝メモリ)に行きたいという奇特な学生に出会ったことは一度もない。せいぜい、東京エレクトロンと答えるが学生がいる程度である(高給取りになれる可能性があるからだろう)。

 もし、本気で、日本で半導体製造を復活・再生させたいのなら、この目を覆いたくなるような惨状を、まずはしっかり直視する必要がある。それができない政治家や官僚は、半導体の政策に関わらないで頂きたい。

小中高の教育改革が必要

 かつて、キオクシアの技術者から、「小学校の社会科(だったと思うが)の教科書に、三重県の特産品は“パネル”と“メモリ”と書かれていた」と聞いた記憶がある。三重県には、シャープの液晶パネル工場があり、キオクシアのNAND型フラッシュメモリ工場があるからだ。

 もし、日本半導体産業の真の再生を考えるのなら、小中高校の学校教育から変革を起こす必要がある。身の回りにあるスマホ、PC、各種電機製品、クルマ、さらには鉄道、発電所、銀行をはじめとする企業の基幹システムなど、社会インフラに至るまで、半導体なしには、人類の文化的生活は維持できないのである。

 このような半導体の重要性を小学校辺りから教育し、中学校では半導体を使ったプログラミングなどを学び、高校では半導体集積回路の基本を教育するのである。そして、半導体の研究開発は、とても難しいが、実は面白く、半導体技術者には明るい将来が待っていることを示す必要がある。その上で、大学の教養課程では半導体を必須科目とし、専門課程では設計やプロセス技術の研究室を充実するべきである。

 要するに、半導体技術者の養成に近道はなく、小中高および大学の教育改革から腰を据えて行う必要があるのだ。それには、20~30年の歳月を要するであろう。政府が「6割超を輸入に頼る半導体について国内生産の拡大を目指す」と言うのなら、このくらいの覚悟を持って頂きたい。いかがですか、内閣総理大臣殿。



Intelの逆襲なるか、ゲルシンガーCEOが描く「逆転のシナリオ」
湯之上隆のナノフォーカス(40)

Pat Gelsinger氏は、Intelの新CEOに就任して以来、次々と手を打っている。本稿では、Gelsinger CEOが就任後のわずか5カ月で、打つべき手を全て打ったこと、後はそれを実行するのみであることを示す。ただし、その前には、GF買収による中国の司法当局の認可が大きな壁になることを指摘する。
2021年07月28日

Intelに勝ち目無し?
 2021年に入って米国では、1月20日にJoe Biden氏が第46代大統領に就任し、2月15日にPat Gelsinger(パット・ゲルシンガー)氏がIntelの8代目CEOに就任した。その後の動向を表1にまとめてみた。
 Biden政権は、米国での半導体製造の強化策を打ち出し、実行しようとしている。一方、IntelのGelsinger CEOは3月23日に、「Intel Unleashed: Engineering the Future」を発表した。その概要は次の通りである。

7nmの開発を2021年第2四半期から開始し、2023年に量産する。
「IDM2.0」と名付けた戦略により、IDM(Integrated Device Manufacturer)を維持・拡大するとともに、Foundry事業を開始する。
200億米ドルを投じてアリゾナ州に2つの新工場を建設する。一つはCPU用、一つはファウンドリー用とする。
IBMと先端半導体の研究開発で協業する。
 これに対して、筆者は、Intelの戦略は「絵にかいた餅」であり、かなり悲観的な見方をしていた。というのは、IntelにTSMCのようなファウンドリー事業はできないし、いまだに10nmプロセスの量産も満足にできない状態では、いくらIBMの協力を得たとしても、7nmの開発と量産は不可能だと思ったからだ。

 日本では、酷暑のコロナ下で東京五輪が始まったが、42.195Kmを走るマラソン(北海道開催)では、いったん先頭集団から脱落したら、再び追い付くことは難しい。

 それと同じで、半導体の微細化競争も、いったん脱落したら、2度とトップに追い付くことができない。少なくとも過去に、追い付いた例を見たことがない。そして、現在微細化のトップを突っ走っているTSMCは5nm(Intelの7nmに相当)を量産中で、3nmのリスク生産がスタートし、2nmの装置・材料選定が本格化している。

 このような現状を考えると、Intelが最先端の微細化やファウンドリー事業で、TSMCと同じ土俵で戦えるとは、とてもじゃないが、無理だと思ったわけである。

Intelの逆襲が始まる?
 ところが、Intelと協業するIBMが2021年5月6日、世界初となる2nmの半導体製造に成功したと発表した(ニュースリリース)。続いてWSJ(Wall Street Journal)が2021年7月15日、Intelが、GLOBALFOUNDRIES(GF)を約300億米ドルで買収する交渉を進めていると報じた(関連記事:「IntelがGF買収で交渉か、WSJが報道」)。

 この報道には大いに驚くとともに、Intelに対する認識が大きく変わった。そして、がぜん、Intelの戦略が実現性を帯びてきた。もしかしたら、2016年以降、10nm立ち上げに失敗し続けてきたIntelの逆襲が始まるかもしれないと思うようになった。

 本稿では、まず、なぜ当初、Intelがファウンドリー事業でTSMCとは戦えないと思ったのかを論じる。次に、IntelがGFを買収すると何が期待できるかを説明する。その上で、Gelsinger CEOは、就任後の5カ月で、打つべき手を全て打ったこと、後はそれを実行するのみであることを示す。ただし、その前には、GF買収による中国の司法当局の認可が大きな壁になることを指摘する。

TSMCのファウンドリー事業の特徴とは
 Yole Développementは、2021年第1四半期に3億5330万台のスマートフォンが出荷されたと推定し、System Plusはそのスマートフォンに搭載されたチップが以下のようになると分析したという(関連記事:「スマホ搭載デバイス分析 ~完全分離されたAppleとHuaweiのエコシステム」)。

14nm~5nmを用いたウエハー数:220万枚
28nm~15nmを用いたウエハー数:180万枚
90nm~32nmを用いたウエハー数:100万枚
 要するに、現在のスマートフォンには、最もレガシーな90nmから最先端の5nmまで、幅広い半導体が必要であることが分かる。では、この全ての半導体を供給できるのは、どこか?

 Samsung Electronics(以下、Samsung)は5nmの立ち上げに苦戦しているが、たとえそれが立ち上がっても、Samsungには無理だ。Samsungのファウンドリーは基本的に先端に特化しており、90~32nmは製造できない。28nmも怪しい。

 Intelはもっと悲惨だ。Intelは、最先端のCPUの製造に集中している。その最先端も10nmで脱落してしまったわけだが、恐らくIntelが製造できるのは、22~14nmのCPUとGPUだけだろう。

 ところが、TSMCだけは、90~5nmの全ての半導体を製造できる(図1)。しかも、ロジックだけでなく、アナログ、RF、パワーIC、イメージセンサー、MEMSなども製造しているのである(図2)。


 TSMCは、基本的に、建設した半導体工場を永続的に稼働し続けている。その結果、0.25μm以上から最先端の5nmまで、あらゆる種類の半導体の受託生産が可能である。これが、TSMCとSamsungのファウンドリーの大きな違いだ。この2社のファウンドリーは本質的に異なるのである。

 そして、Intelがファウンドリー事業を行う場合、製造可能な半導体は、Samsungよりもテクノロジーノードが狭く、種類も少ない。従って、最先端が遅れていることを除外しても、TSMCとは戦いようがない。だから、Intelにはファウンドリー事業は無理だと思ったわけである。

 このような状況だから、Reutersが2021年4月12日にIntelが車載半導体の生産を検討していることを報じても、ボリュームゾーンが45~28nmで、クルマの過酷な条件に耐えなくてはならない車載半導体の製造は、Intelには到底不可能だろうと判断していた。

IntelがGFを買収すると事態は一変
 このように、筆者は「Intelに勝ち目無し」と決めつけていたが、GW明けの5月6日にIntelと協業するIBMが2nmの開発に成功したというニュースを見て「ん?」と刮目(かつもく)した。もしかしたら、IBMのこの最先端技術は、Intelにとって福音となるかもしれないからだ。

 そして7月15日のIntelによるGF買収の報道に驚き、Intelを見る目つきが変わってしまった。IntelとGFは、相互に補完的な関係を構築できるため、買収が成功すれば、車載半導体の製造を含むファウンドリー事業が可能になるからだ。

 GFは、2008年にAMDの半導体製造部門を分社化し、2009年にアラブ首長国連邦のアブダビ首長国が所有する投資会社ATIC(Advanced Technology Investment Company、2014年にMubadala Technologyに社名変更)が出資することによって設立されたファウンドリーで、2010年にシンガポールChartered Semiconductorを買収することにより、その当時、世界第2位のファウンドリーとなった。

 その後、2014年にIBMの半導体事業を取得し、Samsungの技術を基に、2016年に14nm、2018年に12nmの立ち上げに成功したが、10nmをスキップして7nmに挑戦するも失敗し、微細化は12nmで止まってしまった(図3)。


 しかし、現在、ドイツ・ドレスデンの「Fab1」、Chartered Semiconductorの「Fab2」から「Fab7」、米ニューヨーク州マルタの「Fab8」があり、最もレガシーな0.18μmから12nmまで幅広いテクノロジーノードの半導体を製造できる。また、CPU、各種ロジック、SRAM、ROM、FPGA、ミックスドシグナルICなど、多種類の半導体の受託生産が可能である。特に、SOI(Silicon On Insulator)ウエハーを使ったプロセッサに強みを持つ。加えて、車載半導体も製造している。

 2021年のファウンドリー売上高では、TSMC、Samsungに次ぐ3位の座をUMCと争っている(図4)。その規模はTSMCの8分の1しかないが、Intelの傘下に入り、Intelがアリゾナ州に建設する100億米ドルのファウンドリーが加われば、一気に2位のSamsungに迫ることになる。

 しかも、GFは、Samsungには無いレガシーなテクノロジーノードで、多種多様な半導体を製造できるため、実質的なファウンドリーとしては、TSMCに次ぐ第2位の地位に躍り出ることになる。要するに、この驚きのGF買収により、Intelは、ファウンドリー事業のノウハウを丸ごと手に入れることができるわけだ。

 従ってIntelがTSMCを追撃するためには、IBMの最先端技術を活用して10nm以降の量産を立ち上げること、および、GFのファウンドリーのN倍化を図って規模を拡大すればいいということになる。

 そのGFは2021年3月3日、14億米ドルを投じて米・ドイツ・シンガポールの3拠点の生産キャパシテイを拡大し、6月23日にシンガポールに40億米ドルを投じて工場を新設すると報じられた。加えて、7月19日に10億米ドルを投じて米ニューヨーク州マルタの「Fab8」の生産能力を拡張することも明らかになった(関連記事:「GFがニューヨーク州に新工場建設へ」)。このGFをIntelが買収すれば、まさにIntelのシナリオ通りということになるだろう。

打つべき手を全て打ったIntelのGelsinger CEO
 2021年2月15日にIntelの8代目CEOに就任したGelsinger氏は、その約1カ月後の3月23日に、「Intel Unleashed: Engineering the Future」を発表し、Intelの立て直しのために、以下の戦略に打って出た。

ファウンドリー事業および車載半導体の製造のためにGFの買収に乗り出した
最先端半導体技術を入手するためにIBMと提携した
IntelがTSMCに3nmのCPU製造を委託した模様(参考)
 以上に加えて、米国がTSMCを誘致し、そのためにBiden政権が投入する半導体製造強化の補助金を巡って、Intelが異議を唱えていることが明らかになった(日経新聞7月15日)。

 記事によれば、米上院議会が6月8日に520億ドルの補助金を投入する法案を可決した後、米政治専門サイトのポリティコに6月24日、Gelsinger CEOの寄稿文が掲載された。それによれば、Gelsinger CEOは、米政府によるTSMCへの支援がいかに間違いであるかを長文で書き連ね、米政府が目指す半導体強化による製造業のリーダーシップ復権のためには「(政府が今、使おうとしている)補助金は米国の知的財産に投資されることが望ましい。米国に重要な技術を有する企業に米国の税金は使うべきだ」と主張したという。

 要するにGelsinger CEOは、3nmのCPUをTSMCに委託する(可能性がある)一方で、「米国の補助金を、TSMCではなく、Intelによこせ」と言っているわけである。何かGelsinger CEOの執念が見て取れる気がする。

 このように、Gelsinger CEOは、「Intel Unleashed: Engineering the Future」を実現させるために、考え得る限りの打つ手を、全て打ったと言える。後は、その手段を実行に移すのみである。

Gelsinger CEOの前に立ちはだかる壁
 ここまでのGelsinger CEOの手腕は、お見事というしかない。しかし、Gelsinger CEOの戦略の前には、大きな壁が立ちはだかっている。それは、GFの買収における中国の司法当局の承認である。

 Biden大統領は3月25日、就任後の初の記者会見で、米国と中国の関係を「民主主義と専制主義の闘いだ」と位置付けた(日経新聞3月26日)。その結果、米中関係は、Trump前大統領時代よりも悪化しているように思う。

 そのような状況の下、Intelによる約300億米ドルのGF買収を、中国の司法当局がすんなり承認するとは思えない。例えば、2016年秋にQualcommが440億米ドルでNXP Semiconductorsの買収を進めようとしたケースでは、買収期限に設定していた2018年7月25日午後11時59分までに、世界に9カ所ある独禁当局のうち、中国だけが承認しなかった。その結果、QualcommはNXPの買収を断念せざるを得なかった。同じようなことが、今回も起きるかもしれない。

 Gelsinger CEOは、3nmのCPUを製造委託したTSMCに対して、米国の補助金を使うべきでないという主張を行うなど、破れかぶれな戦術を繰り出している。しかし、習近平国家主席率いる中国政府に対しては、もっとタフな交渉が必要となるだろう。筆者としては、世界があっと驚くような戦術を考案・実行し、GF買収を成功させることを、Gelsinger CEOには期待したい。